コラム

選挙に新たな視点を与える映画『センキョナンデス』の2つの見どころ

2023年02月08日(水)18時05分
センキョナンデス

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<良質なドキュメンタリーかと問われれば否定するが、面白いかとか見る価値はあるかと問われれば、ためらうことなく肯定する>

大学で自主制作8ミリ映画を撮っていたころ、商業映画を撮るならば35ミリフィルムが前提だった。16ミリという選択もあったが、ほとんどの映画館は16ミリ映写機を備えていないし、フィルム代や現像費は35ミリと同様に高価すぎる。

テレビも黎明期は映画と同じようにフィルムだった。でもフィルムは撮ってから現像という手間がある。さらに、1ロールで撮影できる時間は3分弱で、ロールチェンジの間は撮影を中断せざるを得ない。

世界初のVTRが開発された1956年以降、テレビはビデオ放送の時代になり、テレビの本質でもある機動性と駆動性を獲得する。

82年には業務用VTR「ベータカム」が発表されカメラとレコーダーが一体化したことで、ロケの駆動性はさらに大きく向上した。僕のテレビ時代は、まさしくこのベータカムの全盛期だ。

やがて時代はアナログからデジタルへと変わり、地下鉄サリン事件があった95年、ソニーがDV規格による世界初のデジタルビデオカメラレコーダーDCR-VX1000を発表し、僕は最初の映画『A』を撮ることができた。

ただし『A』を発表した98年、映画はまだフィルムが前提だった。この年のキネマ旬報ベスト10ランキングで、数人の審査員がビデオで撮影した『A』に対して、そもそもこれは映画といえるのだろうか、と否定的にコメントしている。

今は、テレビも映画もビデオが前提だ。スマホで撮った映像を、パソコンに向かいながら1人で編集することも可能になった。しかもネットで公開できるのだ。

デジタル化の恩恵は、ドラマよりもドキュメンタリーに大きく働いたように思う。例えば近年の香港だけでも、『Blue Island 憂鬱の島』『少年たちの時代革命』『理大囲城』など、多くの市民や学生がスマホで撮った映像を使った作品が、いくつも制作されている。一昔前ならば考えられない。8ミリで映画を撮っていた時代の自分に言いたい。あっという間にとんでもない時代になるよと。

『劇場版 センキョナンデス』は、ラッパーのダースレイダーと時事芸人のプチ鹿島がYouTubeで配信していた番組のスピンオフとして、2021年の衆院選と22年の参院選候補者に突撃取材した素材を大島新がプロデュースして制作された。

見どころを2つ挙げる。プチ鹿島が香川県の四国新聞社に乗り込み、ジャーナリズムの在り方で論戦を挑むシーン。なぜ選挙取材なのにメディアを直撃するのか。見れば分かる。そしてもう1つが、大阪で取材中に起きた安倍晋三元首相銃撃事件。記録される現在進行形。衝撃を受ける2人。そしてメディアから囲み取材を受けていた候補者の慟哭(どうこく)。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ドイツ輸出、5月は予想以上の減少 米国向けが2カ月

ビジネス

旧村上ファンド系、フジ・メディアHD株を買い増し 

ワールド

赤沢再生相、米商務長官と電話協議 「自動車合意なけ

ビジネス

日経平均は反発、対日関税巡り最悪シナリオ回避で安心
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 5
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    米テキサス州洪水「大規模災害宣言」...被害の陰に「…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 10
    中国は台湾侵攻でロシアと連携する。習の一声でプー…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story