コラム

EU離脱後の英国を「呪縛」から解放する「ウルトラC」? 勝負に出たスナク首相

2023年02月28日(火)18時37分

第二に英国の付加価値税(VAT)や物品税の変更が北アイルランドにも適用される。「酒税についてはパブ(大衆酒場)でのビール1杯のコストを削減するためのわれわれの改革が北アイルランドにも適用される。ペットの旅行の煩わしい要件も撤廃される。英国の医薬品規制当局によって承認された医薬品は北アイルランドでも入手できる」とスナク氏は続けた。

第三に、アイルランドとのハードボーダーを回避し、北アイルランドの企業が引き続きEU市場にアクセスするために必要な「3%未満」(英政府)の最小限のEU規則が適用される。1700以上のEU法が廃止され、民主的に選出された北アイルランド議会(ストーモント)がEU法に緊急ブレーキ(ストーモント・ブレーキ)をかけられるプロセスも確立される。

ロシアのウクライナ侵攻が影響

フォンデアライエン氏も「欧州司法裁判所はEU法や単一市場の問題について最終的な決定権を持つ。しかしウィンザー・フレームワークにはストーモント・ブレーキに頼らずに済むメカニズムを導入している。EUは新しい法律について英国や北アイルランド関係者と緊密な協議を行うだけでなく、英国もルール変更についてEUと協議を行う」と応じた。

英国とEUが合意に至った背景にはロシアのウクライナ侵攻が影響している。ロシアの脅威は取り除くことはできない。ウクライナの独立を守り、欧州の安全保障を保つためには英国とフランス、ドイツが力を合わせ、アジア太平洋にシフトする米国を欧州に引き止める必要がある。英国の協力は安全保障上、欠かせないとの政治力学がEU側に働いた。

北アイルランドでは警部が銃撃され、重体になる事件が起きた。地元警察はテロ組織のNew IRA(新しいアイルランド共和軍)を主要な捜査対象として調べを進めている。EU離脱がプロテスタント系住民とカトリック系住民の対立感情に火をつけないよう議定書が残した問題を解決しようという声が強まっていた。

連合王国への帰属維持を強硬に唱えるプロテスタント系の民主統一党(DUP)は議定書に反対するためカトリック系との権力共有政府への参加を拒んでおり、北アイルランドの政治は完全に機能不全に陥っている。スナク氏はチャールズ国王を「政治利用」して、王室を支持するDUPの反対を封じ込めようとしたと批判されている。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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