コラム

悲しきテロリストの正体 欧州の非行ムスリムに迫るISの魔手

2016年10月13日(木)20時00分

Eric Vidal-REUTERS

<ISがリクルートするテロ要員のなかに、犯罪者の割合が高まっている。イデオロギーよりも犯罪関連の「特技」など実益をとる考え方だ> (写真は、テロリストの街と呼ばれるベルギー・ブリュッセルの一角モレンビーク地区。パリ同時多発テロのサラ・アブデスラム容疑者が逮捕された建物)

 過激派組織ISがテロの最前線、欧州の大都市でリクルートするテロリストと犯罪者の境界が分からなくなってきた。国際テロ組織アルカイダと同様、ISもカリフ制による「イスラム国家」の建設を掲げているが、アルカイダが「テロの大義」や「イデオロギー」に重きを置いているのに対して、ISはテロの拡散を優先するため、教義にはこだわらず、資金稼ぎのため犯罪まで推奨しているという。

犯罪者がテロリストに

 英キングス・カレッジ・ロンドン大学過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)が11日、「犯罪者としての過去とテロリストの未来」と題した報告書を発表した。副題は「欧州のジハーディスト(聖戦主義者)、犯罪とテロの新しいつながり」。かなり興味深い内容だった。

 8月31日の朝、デンマークの首都コペンハーゲンで、2人の刑事が怪しい男に近づいた。男は突然、ピストルを抜き、刑事に向けて発砲して逃げた。刑事2人とそばにいた人が被弾した。男は最終的に発見されたが、銃撃戦で負った傷がもとで死亡した。男はボスニア系の25歳。警察にはよく知られた「ヤク(麻薬)の売人」だった。所持品のスポーツバッグから約3キロの薬物が見つかった。

 2日後、ISが「男はカリフ制国家(イスラム国)の兵士だ」と犯行声明を出した。「ジハーディスト」はイスラム原理主義者で薬物や犯罪とは無縁と考えられてきた。男は2つの顔を持っていた。ある時は麻薬の密売人。また、ある時はISへのシンパシーを表明するサラフィー主義者(古き良きイスラムに戻ろうというイスラム教スンニ派の保守思想)。男はISのプロパガンダ動画にも登場していた。

kimuratero01.jpg
「最悪の過去を持った男が最高の未来を創造する」というイスラム過激派のプロパガンダ(Facebookより)

 犯罪者か、それともテロリストなのか。欧州では犯罪者がテロリストになるケースが激増している。ドイツ連邦警察局がイラクやシリアに渡航し、内戦に参加したドイツ人669人の背景を分析した結果、3分の2が渡航前にすでに前歴を持ち、警察の記録に残っていた。3分の1は有罪判決まで受けていた。ベルギー連邦検察局によると、ジハーディストの半分に前科があったという。

 国連報告書によると、フランスの状況も似たり寄ったりだ。ノルウェー、オランダ当局はICSRの調査に対し、少なくともジハーディストの6割は犯罪に関わっていたと答えた。ベルギー連邦警察のトップはISを「ある種のスーパー・ギャングだ」と呼び、フランスの新聞はイスラム武装集団を「ギャング・テロリスト」と表現した。

【参考記事】ベルギー「テロリストの温床」の街

 ICSRが背景を把握できるジハーディスト79人を対象に分析した結果、68%に軽犯罪歴、65%に暴力歴があった。30%近くは銃器を扱った経験を持ち、57%が刑務所に服役していた。そして15%が刑務所内でジハード思想に染まっていた。つまり刑務所は「テロリストの人工孵化器(インキュベーター)」だったというわけである。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、ベネズエラ石油「封鎖」に当面注力 地上攻撃の可

ビジネス

午前の日経平均は小反発、クリスマスで薄商い 値幅1

ビジネス

米当局が欠陥調査、テスラ「モデル3」の緊急ドアロッ

ワールド

米東部4州の知事、洋上風力発電事業停止の撤回求める
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 7
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story