コラム

悲しきテロリストの正体 欧州の非行ムスリムに迫るISの魔手

2016年10月13日(木)20時00分

 日本でも、警察や公安調査庁が内ゲバ抗争を繰り広げた中核派や革マル派を「極左暴力集団」と呼んだことがある。

 アルカイダが欧米支配を打破するジハード思想を重視し続けているのに対して、新興勢力のISは同じイスラム教のシーア派を「異教徒」として敵視し、本家筋のアルカイダとも激しい主導権争いを演じている。社会不満が充満する欧州のイスラム系移民ゲットー(マイノリティーが集中する居住区)、下層階級、犯罪者、刑務所は、ISにとってジハーディストをリクルートする格好のターゲットなのだ。過去5年間で西欧諸国の若きイスラム系移民5千人がシリア内戦に参加したと推定されている。

 パリ同時多発テロやベルギー連続爆破テロのネットワークに深く関与していたハリド・ゼルカニ。ブリュッセル首都圏モレンベークのモスク(イスラム教の礼拝所)を拠点に若きイスラム系移民をリクルートして72人をシリア内戦に送り込んでいた。

kimuraterror03.jpg
パリ・ブリュッセルのテロネットワーク(ヘンリー・ジャクソン・ソサイエティ作成)

 「サンタクロース」と呼ばれていたゼルカニはジハードの資金づくりのため、「異教徒から盗むのはアッラー(イスラムの唯一神)によって許されている」と泥棒や強盗をするよう促していた。ゼルカニはイスラム教の説教師ではないが、「半グレ」ムスリムに「犯罪」を「テロ」に置き換えるだけで人生が変わると口説いていた。

kimurateror02.jpg
パリ同時多発テロの首謀者アバウド。彼も「半グレ」ムスリムだった(ISのオンライン機関誌DABIQより)

イスラム系移民の統合を

 もちろんイデオロギーが果たす役割が全くなくなったわけではない。しかし国際テロの主役がアルカイダからISに変わる中で、西欧諸国の若きムスリムをリクルートする際にイデオロギーが果たす役割は随分小さくなっているというのがICSRの分析だ。

 ISが犯罪者に注目するのは(1)地下の犯罪組織とつながりを持っているため、武器を入手しやすい(2)テロや犯罪への抵抗感が少ない(3)警察の目をごまかすのに慣れている――からだ。

 パリ同時多発テロの費用は「3万ユーロ未満」(仏財務相)。1994年から2013年に欧州であったテロ計画の4分の3は、9千ユーロ未満の低予算だった。ソ連崩壊で旧共産圏諸国から大量に流出した自動小銃AK-47(カラシニコフ) の密売価格は今では2千ユーロを割っている。1千ユーロ以下という説もある。

【参考記事】【現地リポート】無差別テロ、それでも希望の光を灯し続けよう

 犯罪者をテロリストに仕立て上げると、麻薬の密売、泥棒、強盗、コピー商品の違法販売、ローン詐欺によってテロ資金の現地調達がやりやすくなる。ICSRによると、欧州のテロ計画のうち40%がこうした違法活動によってテロ資金の一部を稼いでいた。

 背景には、イスラム系移民の社会統合が進まず、教育や就職の格差が拡大し、若きムスリムの多くが犯罪に走っているという問題が横たわる。長期戦が避けられない欧州のテロ対策を進める上で、スタートラインになるのが、置き去りにされてきたイスラム系移民の社会統合であるのは言うまでもない。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット

ビジネス

アングル:トランプ関税が生んだ新潮流、中国企業がベ

ワールド

アングル:米国などからトップ研究者誘致へ、カナダが
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナの選択肢は「一つ」
  • 4
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 5
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 6
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 7
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story