コラム

関税率10%なら英国の自動車産業は壊滅する

2016年09月29日(木)17時00分

Masato Kimura

<パリモーターショー前日、日本の大手3社からマクラーレン、MINIまで、イギリスに拠点を置く自動車メーカー8社がエッフェル塔の下に集結した(写真)。英自動車産業の復活を象徴するはずだったその雄姿に、今はイギリスのEU離脱という大きな影が立ちはだかっている>

[パリ発]英国に拠点を置く自動車メーカーが世界最大級のパリモーターショーを翌日に控え、9月28日、パリのエッフェル塔に集結し、あまり知られていない英国の「自動車作り」の魅力を世界に向けてアピールした。英国は6月の国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を選択したが、英国の最大労組ユナイト関係者は「もしEUが域外関税の10%を適用したら、英国の自動車産業は壊滅する」と悲鳴を上げた。

 参加したのは日本の自動車メーカーの日産、トヨタ、ホンダのほか、英国メーカー、アストンマーティン、ジャガー・ランドローバー、マクラーレン、ボクスホール、MINI(ドイツBMWの小型車ブランド)の計8社。日産の「キャシュカイ」、トヨタの「オーリス」、ホンダの「シビック」など8台の雄姿がセーヌ川のほとりに勢揃いした。

【参考記事】人材流出が止まらぬグーグル自動運転車プロジェクト、何が起きてるのか?
【参考記事】死亡事故のテスラは自動運転車ではなかった

英自動車産業の復活

 英国自動車製造販売者協会(SMMT)の最高経営責任者マイケル・ホーズ氏は「英国では過去5年間に100億ポンド以上の投資が新しい工場やモデルに行われた。こんなに多くのライバルメーカーが一つになって英国の強みをアピールすることを誇りに思う。これからの成功は世界的な競争力のもとになっている英国のビジネスや貿易のしやすさを維持できるかどうかにかかっている」と強調した。

 自動車メーカーと言えば日本、米国、ドイツが真っ先に頭に浮かぶが、英国の自動車産業も復活、急速に力をつけている。英国では上記8社のほか、ベントレー、ロータス、ロールスロイス、ケータハム、インフィニティ(日産)、MGモーター(南京汽車)、モーガンなどが大衆車だけでなく高級車やスーパーカー、世界最高峰のモータースポーツF1のマシンまで製造している。

kimura3.jpg

 英国の労働コストは昨年の時給でみると25.7ユーロ。ドイツの32.2ユーロ、フランスの35.1ユーロ、イタリアの28.1ユーロに比べて格段に低い。マクラーレンやロータスといったF1チームの多くが英国に拠点を置く。エンジニアリングやエアロダイナミクス、エンジンなど世界的な競争力を持つ自動車製造の集積。高効率ハイブリッドや電気自動車など世界最先端を行く専門知識と技術。政府と産業界、大学が連携する「高付加価値製造カタパルト」。ビジネスのしやすい環境。法人税率20%、知的所有権などが生み出す利益への優遇税制「パテントボックス税制」などの組み合わせが英国の強みだ。

【参考記事】テスラが描くエネルギー新世界

 英国の自動車産業を数字で見てみよう。

(1)英国では16秒に新車が1台製造されている。

(2)英国で製造された自動車の8割が輸出されている。昨年、英国で製造された自動車を買った消費者は世界100カ国以上、史上最高の120万人に達した。

(3)毎年250万基のエンジンが製造され、半分以上が世界に輸出されている。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

大成建、25年3月期業績・配当予想を上方修正 工事

ビジネス

2月第3次産業活動指数は前月比横ばい、判断「一進一

ワールド

欧州、ウクライナ停戦交渉で「譲れぬ一線」を米に伝達

ビジネス

トランプ米政権、薬価引き下げで国際価格参照制度を検
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 2
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 3
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負かした」の真意
  • 4
    パウエルFRB議長解任までやったとしてもトランプの「…
  • 5
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 6
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 7
    日本の人口減少「衝撃の実態」...データは何を語る?
  • 8
    なぜ世界中の人が「日本アニメ」にハマるのか?...鬼…
  • 9
    コロナ「武漢研究所説」強調する米政府の新サイト立…
  • 10
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 7
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 8
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 9
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 10
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story