コラム

プーチン大統領のストリート・ファイト戦略に翻弄される欧米諸国

2015年11月04日(水)15時27分

欧米が犯した過ちは、常に臨戦態勢のプーチン(右)を見くびっていたこと Aleksey Nikolskyi- REUTERS

 欧州の安全保障にとって、ロシアが再び最大の脅威になってきた。冷戦が終結し、旧ソ連が崩壊した後、ロシアは先進国7カ国(G7)に加わり、北大西洋条約機構(NATO)とも協力関係を築いてきた。しかし、露大統領プーチンが昨年3月、クリミア併合を強行したのを境に欧米とロシアの関係は「協力」から「対立」に一変した。今年9月末、プーチンはシリア反政府勢力への空爆を開始、シリアのアサド政権を存続させ、米国を交渉のテーブルにつける狙いは今のところ奏功している。武力行使をためらわないプーチンのストリート・ファイト作戦に対し、打つ手はあるのか――。

 米大統領オバマはこの2年間、16回も「米軍の地上部隊をシリアに派遣することはない」と繰り返してきたが、50人以下の特殊部隊をシリアに派遣することをようやく承認した。ロシアの脅威に対応するためNATOは即応部隊を増強することを決めたものの、英国がバルト三国に展開する部隊はわずか100人。武力行使をためらわず即断即決で行動するプーチンの前に、欧米は手をこまぬいている。

 シリア空爆を機に、プーチンは中東だけでなく、旧ソ連諸国、北極圏、極東などで活発に動いている。不穏なのは旧ソ連諸国やバルカン半島での動きだ。

 10月、プーチンは旧ソ連諸国の指導者と合同の国境警備隊を創設することで合意。ジョージア(旧グルジア)から事実上独立した南オセチア共和国の大統領チビロフがロシア編入の住民投票を実施する頃合いだと発言した。NATOの旧東欧での活動に牽制するため、ロシアとベラルーシは来年にも「合同軍事機関」を創設することを計画している。

 後方撹乱とみることもできる動きも出ている。モルドバでは親ロシア派の野党が親欧派の連立政権に対し不信任案を求め、モンテネグロの首相ジュカノビッチが同国内でロシアが反政府デモを組織していると批判した。

 これに対し、ドイツの首相メルケルは、欧州に押し寄せるシリア難民、抗議活動が高まる米国との環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)交渉への対応で頭がいっぱいだ。英国の首相キャメロンに至っては、欧州連合(EU)に残留するか否かを問う国民投票に向けた準備、中国との経済関係強化に余念がない。

プーチンは戦術核の使用も辞さない

 新著『ミスター・プーチン クレムリンのスパイ』(共著)のPRを兼ねてロンドンを訪れた米シンクタンク、ブルッキングス研究所のフィオナ・ヒル上級研究員は「プーチン氏は、第二次大戦の英首相チャーチルと同じように、自分は戦時大統領だと考えている」と語る。ヒル女史は米国家情報会議(NIC)でロシア問題を担当したプーチン研究の第一人者だ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ブラジル、仮想通貨の国際決済に課税検討=関係筋

ビジネス

投資家がリスク選好強める、現金は「売りシグナル」点

ビジネス

AIブーム、崩壊ならどの企業にも影響=米アルファベ

ワールド

ゼレンスキー氏、19日にトルコ訪問 和平交渉復活を
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story