コラム

韓国、2020年の最低賃金の引き上げ率2.87%が「惨事」と言われる訳

2019年07月23日(火)17時55分

文大統領はすでに昨年7月16日に2020年までに最低賃金を1万ウォンまで引き上げる公約は守ることができなくなったと謝罪している。

一方、文大統領は今年の5月9日に行われた韓国KBSテレビとの就任2周年記念特別対談では「2020年までに最低賃金を1万ウォンに引き上げるという公約に縛られ、引き上げのスピードを維持する必要はない。韓国の社会と経済が受容できる適切な基準を考えて決定すべきだ」と引き上げのスピードを調整する可能性を示唆した。

ナショナルセンターである「全国民主労働組合総連盟」は最低賃金委員会の今回の決定について、「文政権は最低賃金の引き上げを諦めており、所得主導成長の廃棄を宣言した」と非難した。

また、もう一つのナショナルセンターである「韓国労働組合総連盟」も「2.87%引き上げは、経済成長率の展望値と物価上昇率の合計にも及ばないので事実上は実質賃金の削減に近い。最低賃金を巡って惨事が起きた」と強く反発した。

最適賃金の引き上げにブレーキがかかった理由

最適賃金の引き上げにブレーキがかかった理由は文在寅政権が実施してきた「所得主導成長」政策の成果が見えない点が大きい。所得主導成長論は、家計の賃金と所得を増やし消費増加をもたらし、経済成長につなげるという理論で、ポスト・カンズ学派のマル・ラヴォア教授(カナダ・オタワ大)とエンゲルベルト・シュトックハマー教授(英キングストン大)の「賃金主導型成長」に基づいている。

文在寅政権は韓国に零細自営業者が多い点を考慮し、賃金の代わりに所得という言葉を使い、最低賃金の引き上げや社会保障政策の強化による所得増加と格差解消を推進してきたものの、なかなか期待ほどの結果が出てこない。

最低賃金が2年間で29%も引き上げられたことにより、経営体力の弱い自営業者は、人件費負担増に耐えかねて雇用者を減らした。一部の食堂では週休手当(注1)が発生しないようにアルバイトの時間を週15時間未満に制限している。

一方、大手企業も人件費上昇への対策を講じている。韓国の大型ディスカウント店「イーマート」が運営するコンビニエンスストア「eマート24」は昨年、無人店舗を9店舗から30店舗まで拡大する方針を示した。大手コンビニが無人店舗拡大に走ったのは、スマートフォンを使った決済や人工知能(AI)による顔認証技術の発達など、技術の進歩を反映した面もある。しかし実情は、最低賃金の大幅な引き上げにより、これまでと同じ数の人員を雇えなくなったことが大きな要因だ。

プロフィール

金 明中

1970年韓国仁川生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了(博士、商学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年からニッセイ基礎研究所。日本女子大学現代女性キャリア研究所客員研究員、日本女子大学人間社会学部・大学院人間社会研究科非常勤講師を兼任。専門分野は労働経済学、社会保障論、日・韓社会政策比較分析。近著に『韓国における社会政策のあり方』(旬報社)がある

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