コラム

なぜ保険料を払っていない「主婦」への年金はなくならないのか...廃止論者が陥る「机上の空論」

2024年06月19日(水)18時16分
専業主婦世帯の年金問題

AOMAS/SHUTTERSTOCK

<専業主婦世帯が減っていることもあって3号被保険者の見直しが議論となっているが、多くの場合は現実と机上の空論のミスマッチが発生している>

5年に1度行われる公的年金の財政検証に合わせて、3号被保険者(いわゆる専業主婦)の見直しが議論となっている。統計上では専業主婦世帯が減っていることから、専業主婦を前提にしたモデル年金や、専業主婦が受け取れる年金について廃止を求める声が大きくなっている。

この問題は以前から政府内部で何度も議論されているものの、なぜか見直しは進まず、今回も議論だけが行われて終了となる可能性が高い。主婦年金の見直しに踏み出せない最大の理由は、日本では事実上の専業主婦社会が今も継続しており、制度をなくしたくても、経済的理由から実施できないという厳しい現実があるからだ。

現在、専業主婦世帯は夫婦のいる世帯の2割程度であり、大半が共働き世帯となっている。だが、統計的に共働き世帯であっても、現実は限りなく専業主婦に近い世帯は多い。その理由は、日本では女性の社会進出が進んでおらず、男女間の賃金格差が激しいことに加え、家庭内での女性の労働負荷が大きいからである。

見かけ上は共働きとなっていても、当該世帯の約60%が、夫が正社員、妻が非正規社員という就業形態であり、夫が主な稼ぎ手となっている。女性の平均賃金は男性の75%程度しかなく、女性が男性と対等に稼げる環境は一部を除いて実現していない。

さらに問題をややこしくしているのが日本の社会環境である。現時点においても、子育てや家事、親の介護は女性の仕事という認識が強く、これが女性のフルタイム就労を阻害している。結果として多くの女性はパートタイム労働に従事せざるを得ず、年収が(扶養の対象となる)130万円以下になってしまう。

高齢者夫婦の貧困が加速するのはほぼ確実

男性の賃金も国際的に見ると著しく安く、妻がパートタイム労働者だった場合、共働きであっても十分な世帯年収は確保できない。こうした世帯の場合、妻が3号被保険者になって基礎年金を受給しなければ、老後の生活が成り立たない図式になっている。

確かに専業主婦(3号被保険者)は保険料を払っておらず、保険料納付者との間で不公平が生じているかもしれないが、現実問題として低年収の層から保険料を徴収するのは難しい。かつ、3号被保険者の年金が減らされれば、高齢者夫婦の貧困が加速するのはほぼ確実といえるだろう。

筆者は3号被保険者の存在を今後も継続すべきだと主張したいわけではないが、この議論が出てくるときには、必ずと言ってよいほど現実と机上の空論とのミスマッチが発生することについては強く憂慮している。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

25・26年度の成長率見通し下方修正、通商政策の不

ビジネス

午前のドルは143円半ばに上昇、日銀が金融政策の現

ワールド

米地裁、法廷侮辱罪でアップルの捜査要請 決済巡る命

ビジネス

三井物産、26年3月期は14%減益見込む 市場予想
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 3
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story