コラム

外国人労働者の受け入れ拡大策は、移民政策として実施すべき

2018年06月26日(火)15時40分

自分たちだけに都合がよいシステムは機能しない

今回、閣議決定された基本方針には「移民政策とは異なる」という文言が記載されている。わざわざこうした文言を盛り込んだのは、一部から出ている移民政策に対する拒否反応を緩和するためである。だが外国人労働者の受け入れ拡大と移民は不可分のテーマであり、これを切り分けて考えるのは不可能といってよい。

外国人労働者の受け入れ策と移民政策があたかも無関係であるかのような前提で政策を遂行することは、むしろ問題を悪化させると筆者は考えている。

政府は、受け入れる外国人労働者に対して、在留期間を5年に制限し、家族の帯同は基本的に認めないとしている。つまり、単身で日本に来て、期限が切れたら強制帰国させるのが条件ということになるが、この制度を厳格に適用できる保証はない。日本社会が望むような良質な労働者であれば、家族の帯同を望む人が多いことは容易に想像できる。

一方、在留資格の制限を緩めれば、日本にやってきた外国人労働者の一部は、日本に定着するようになり、日本人が望むと望まざるとにかかわらず、移民社会が形成される可能性は高まるだろう。

技能実習で日本に入国し5年間の実習(労働)を終えた人は、今回の受け入れ拡大策によってさらに5年、日本に滞在できるので、合計10年の滞在となる。人が長期間、同じ地域で生活を続ければ、そのコミュニティの一員となってくる。結婚する人もいるだろうし、子供を出産する人も出てくるだろう。こうした人たちは日本での永住を希望するはずだ。

日本の永住許可の基準は曖昧で、10年以上滞在し、独立した生計を営める経済力を持つことが主な要件となっている。10年の労働を終え、社会に定着した労働者が永住を希望した場合、どのように対処するのかについては現時点で明確な方針は示されていない。必要な時だけ働いてもらい、あとは追い返すという、自分たちだけに都合のよいシステムが機能するのかどうか非常に疑問である。

日本人の多くは民族の違いと国籍の違いを明確に認識できていない

ちなみにシンガポールでは、単純労働に従事する外国人労働者に対しては、女性の場合、妊娠が発覚すると事実上、強制送還するなど厳しい措置を取っており、諸外国から人権侵害と批判されてきた。日本のような先進国がシンガポールのような政策を実施することは不可能なので、外国人労働者の一部は確実に移民になると考えるべきである。

こうした状況において、建前上、移民政策を実施していないとの立場で受け入れを拡大することの弊害は大きい。移民を受け入れるのであれば、移民に対して日本社会への同化支援を行う必要があるのはもちろんのこと、人権侵害や差別が起こらないよう、受け入れる側の日本人に対する啓蒙も必要となる。しかし移民政策を実施していないという建前が続けば、こうした措置は一切講じられないだろう。

大半の日本人は、民族の違いと国籍の違いを明確に認識できていないため、欧州や米国と比べると状況はさらにやっかいである。なし崩し的な労働者の受け入れ拡大は、日本にやってくる外国人労働者にとっても、そして日本人にとっても不幸な結果を招くだけである。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

世界の大富豪の財産相続、過去最高に=UBS

ワールド

米政権、燃費規制緩和でステーションワゴン復活の可能

ビジネス

中国BYD、南アでの事業展開加速 来年販売店最大7

ワールド

インド中銀、0.25%利下げ 流動性の供給拡大
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 7
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 8
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 9
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 10
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story