コラム

シリアで拘束されたスペイン人元人質の証言──安田純平さん事件のヒントとして

2018年09月18日(火)16時30分

3人が拘束される1カ月前に安田さんが拘束されており、3人もヌスラ戦線やISに拘束される危険があることは当然、分かっていたはずである。そんな時に、現地コーディネーターがアレッポに入っている外国人ジャーナリストの写真を自分のフェイスブックに載せることは到底考えられない。

危険地取材に不可欠なコーディネーターがもし裏切っていたら...

外国人を敵視するイスラム過激派にとっては、その外国人と働く現地人もまた敵を助けている人間とみなされる。私の経験でも、地元にイスラム過激派組織がいる国では、欧米人や日本人など外国人と一緒に働くコーディネーターや通訳は、自分自身の安全を考えても外国人と一緒にいる写真をSNSにあげたりはしないはずである。パンプリエガはそのような拘束の経緯を思い返して、ウサーマに裏切られたと考えたのだろう。

安田さんの画像、映像がヌスラ戦線の仲介人とつながっている市民ジャーナリストのシリア人のフェイスブックで公開されているように、フェイスブックやツイッターなどのSNSはシリア反体制地域では極めて重要な情報伝達手段となっている。滞在中に写真をあげるような重大なルール違反があった場合は、スペイン人ジャーナリストは約束を破った通訳をすぐにやめさせるべきだった。

しかし、危険地で取材をしている時には、通訳兼コーディネーターを代えれば、別の人間を探すのは簡単ではない。もし、コーディネーターが裏切っていたとすれば、パンプリエガらがその決断をしないまま仕事を続けたことで、取り返しのつかないことになったということだろう。

パンプリエガによると、通訳兼コーディネーターのウサーマは、アレッポの学校を支援し、子供たちに教育関連資材を送る活動をしていたという。同氏自身もその支援活動を助ける募金活動に協力した。そのようなつながりがあったことも、パンプリエガがウサーマを信用した理由だという。「そんな人間が裏切るとは誰が予想できるだろうか」と、彼は書いている。

危険地取材に入るジャーナリストの仕事では、安全の確保も、取材の成否も、その地での案内人兼通訳に大きく依存する。シリアはアラブ世界で言葉はアラビア語なので、アラビア語通訳が必要となる。私はアラビア語で直接取材するが、取材の安全を確保するためにも、取材の設定をしてもらうためにも、現地のことを知っている案内役は不可欠である。

もし、案内人が過激派と結託して、依頼主の外国人ジャーナリストを裏切れば、安全の保証は足元から崩れてしまう。安田さんの拘束でも、トルコ国境からシリアに入ってすぐのことで、一緒にいた案内人や、その案内人を手配したコーディネーターが裏切ったのではないか、という話も出ている。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 5
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story