コラム

シリア「虐殺された町」の市民ジャーナリストたち

2018年04月13日(金)18時03分

kawakami180413-3.jpg

RBSS中心メンバーのアブドルアジズ・アルハムザ(通称アジズ)=『ラッカは静かに虐殺されている』より(UPLINK提供)

RBSSは暴力に対する市民の闘いの最前線にいる

ドキュメンタリーはアジズらRBSSのメンバーの姿を追いながら、人類が初めて経験するインターネットによって拡散する暴力の恐怖を示している。RBSSがISの暴力を告発する手段もまたインターネットである。

映画の中で、アジズがドイツの警察に呼び出されて、ISからフェイスブックやツイッターで殺害の脅迫を受けていることを説明すると、「危険な状況です。あなたを保護したい」と持ち掛けられる。それに対してアジズは「私にとって単に警察や保護の問題ではない。仲間は死に、危険な市内に残る者もいるのに、私がドイツで保護なんて」と保護を断る。

アジズはアパートに戻り、それまでにISに殺害された仲間たちの写真を見ながら、つぶやく。「なぜ、(死んだのは)私ではなく、彼らなのか。RBSSは第二の家族だ。忘れられた街――。ラッカの男たちがここまでやれると誰が思っただろう。だがやった。我々の言葉は間違いなく、彼らの武器よりも強い」

その後、アジズはたばこに火をつけて吸うが、たばこを挟んだ指が小刻みに震えている。

RBSSはシリア内戦で注目を集める市民ジャーナリズムを象徴する存在である。

戦争報道はそれまで欧米のメディアやジャーナリストが戦地に入ることで担われてきた。しかし、シリア内戦の反体制地域は、ISなど過激派組織によってジャーナリストが拉致され、殺害される危険区域になり、外国メディアが入ることが困難になった。

その代わりに歴史上初めて、紛争地の市民がSNSを使って戦争報道を担うメディア状況が生まれている。RBSSは暴力に対する、市民の闘いの最前線にいる。

「イスラム国」陥落後も終わらぬ市民の苦境

映画は2017年1月に米国で初上映された。2015年11月のCPJでの授賞式前から2016年にかけて、ISが最も勢力を持っていた時期のRBSSの活動を扱っている。しかし、この映画が日本で公開されているいま、ラッカはもうISの都ではない。

ラッカは2017年10月に米軍・有志連合の空爆の援護を受けたクルド人主体のシリア民主軍(SDF)の掃討作戦で陥落した。ISは2014年にイラクからシリアにまたがる地域の支配を宣言したが、2017年6月のイラク側の都モスルの陥落に続くもので、ISの支配地域は現在ほとんど消滅している。

しかし、これでラッカは平静に戻り、RBSSの国外メンバーは帰国できるかといえば、そうではない。

米軍・有志連合によるラッカ掃討作戦は2017年1月に就任したトランプ政権下で本格化した。米軍・有志連合の空爆によって、ラッカでの市民の死者が飛躍的に増えた。

2018年1月、RBSSはホームページで「2017年のラッカ州での民間人死者」の集計を発表した。1年間の民間人の死者の総数は3259人。そのうち2064人(63%)が米軍・有志連合の空爆による死者だった。

ISの攻撃で死んだ民間人は548人(17%) ▽シリア民主軍(SDF)426人(13%) ▽ロシア軍149人(5%)――と、ISを排除した米軍・有志連合の空爆による民間人の死者が突出している。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

欧州委、米の10%関税受け入れ報道を一蹴 現段階で

ワールド

G7、移民密輸対策で制裁検討 犯罪者標的=草案文書

ワールド

トランプ氏「ロシアのG7除外は誤り」、中国参加にも

ワールド

トランプ氏、イランに直ちに協議呼びかけ 「戦いに勝
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 7
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    コメ高騰の犯人はJAや買い占めではなく...日本に根…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story