コラム

米国がイスラエルの右翼と一体化する日

2016年11月19日(土)06時50分

イスラエルが敵視する「ムスリム同胞団」

 トランプ氏は「テロとの戦い」の味方として「イスラエル」と並べて、「エジプトとヨルダン」を挙げている。2014年9月のシリア側のIS地域への空爆にはサウジアラビアも参加しているが入らず、逆にオバマ大統領が避けていた「エジプトのシーシ大統領」が入っているのもイスラエル目線を感じる。

 トランプ氏の外交のブレーンに、ブッシュ政権で強い影響力を持ち、米国をイラク戦争に駆り立てた親イスラエルの「ネオコン(新保守主義)」が入っているのだろうと思わざるを得ない。その延長で、エルサレムへの米国大使館移転の公約も入ってくるのだろう。

 トランプ次期政権の中東戦略は、イスラエルの戦略のコピーになるのだろうか。

 注意しなければならないのは、いま「テロとの戦い」と言えば、だれもが「ISとの戦い」と考えるだろうが、イスラエルにとっての脅威は、距離から考えても①パレスチナのハマス、②レバノンのシーア派のヒズボラ、③ISなどスンニ派のイスラム過激派勢力――の順となることだ。その背後にいる「敵」はそれぞれ①ムスリム同胞団、②イラン、③サウジアラビアなど湾岸諸国――である。

 ムスリム同胞団は2011年の「アラブの春」で、エジプトとチュニジアでの民主的選挙で勝利し、政権を主導した。エジプトでは軍のクーデターで同胞団政権は排除され、シーシ政権が登場した。エジプトと同様に政権がムスリム同胞団を現実の脅威としているのは、ヨルダンとシリアである。シリアの「自由シリア軍」や反体制組織が集まる「シリア国民連合」の主力はシリア・ムスリム同胞団である。

「敵の敵」を味方とするならば、ハマスを支援するムスリム同胞団を封じ込めているエジプトのシーシ大統領とヨルダンのアブドラ国王は、イスラエルにとって「テロとの戦い」を共に戦う仲間である。イランに支えられているシリアのアサド政権も、シリア・ムスリム同胞団とつながる自由シリア軍と戦っている限りは味方となる。これは、トランプ氏が中東について語っていることと同じである。

トランプ氏の「シリア内戦」認識の誤り

 イスラエルが米国に求める優先順位は、第1に、エジプトやヨルダンを支援してムスリム同胞団系組織を排除することであり、次にイランに圧力をかけてヒズボラを抑え、最後にサウジに圧力をかけてISと戦わせ、さらにイスラム過激派への支援を止めさせることとなる。

 イランとの関係で言えば、米国にはもはやイラク、シリアの政権の後ろ盾となっているイランを改めて封じ込める力はない。イランとの核合意を破棄すれば、米国の立場が弱まるだけであり、イスラエルにとってもプラスではない。

 さらに、いまのように米国が「反アサド」の立場で反体制派を支援していては、イランに圧力をかけてヒズボラを抑えることもできない。

 イスラエルとしては、米国がイランに「核合意の破棄」の脅しをかけ強硬姿勢をとりつつも、自由シリア軍やイスラム武装組織などのシリア反体制派との縁を切って、ロシアとも協力しつつ、アサド政権に関与することが望ましいのであろう。

 トランプ氏はシリア内戦について「アサド政権とISが戦い、米国は両方と戦っている」と語ったが、この説明には現在、米国が支援しているシリア反体制勢力の存在が欠落している。さらに、アサド政権が最も激しく敵対しているのはISではなく、米国が支援する自由シリア軍であり、サウジやカタールなどが支援するイスラム武装組織であるという事実とも矛盾する。

 トランプ次期政権がISと戦うという名目で、イランが支えるアサド政権を認めるような動きに出れば、打撃を受けるのは、シリア国民連合(反体制組織の集合体で、自由シリア軍ともつながる)とムスリム同胞団である。そこにも、先に挙げたイスラエルにとっての「敵」の優先順位を見ることができる。

【参考記事】トランプ政権で、対シリア政策はどうなるのか

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ベトナム、年明けから最低賃金を7%以上引き上げ

ビジネス

マクロスコープ:円安巡り高市政権内で温度差も、積極

ビジネス

ハンガリー債投資判断下げ、財政赤字拡大見通しで=J

ビジネス

ブラジルのコーヒー豆輸出、10月は前年比20.4%
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 4
    炎天下や寒空の下で何時間も立ちっぱなし......労働…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 9
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 10
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story