コラム

「テロとの戦い」を政治利用するエルドアンの剛腕

2016年03月21日(月)06時34分

 ところが、「社会不安が高まった」結果、AKPは過半数を回復した。エルドアン大統領の強権的な姿勢すら、多くの国民にとっては「強いリーダーシップ」として肯定的に評価されたのかもしれない。国の状況が変わったことで、政治の潮目が変わったのだろう。それは自然に変わったというよりも、テロに対して、エルドアン大統領が意識的に軍事強行策をとり、それによって治安の状況を険悪化させた結果と考えるしかない。

イスラエルも使った、自ら危機をつくりだす荒業

 政治とは恐ろしいと思うが、これは中東では珍しいことではない。例えば、2001年に私がエルサレムに駐在していた時のシャロン首相である。自らイスラエルの野党党首としてイスラムの聖地への立ち入りを強行して、パレスチナ人によるインティファーダ(反占領闘争)のきっかけをつくり、その後で首相に就任すると、アラファト議長が率いるパレスチナ自治政府に対して侵攻や暗殺作戦など次々と軍事強硬策をとった。パレスチナ過激派によるテロが起こると、さらに軍事的な報復をエスカレートさせた。

 状況の悪化によって、イスラエルで和平派と言われる政治勢力は足場を失い、イスラエルとパレスチナの関係はますます危険な様相となった。そのような危うい国の状況を剛腕で主導できるのは、かつて「猛将」と言われたシャロン首相しかいなくなった。

 イスラエルの政治ジャーナリストはシャロン氏の政治手法について、「自ら危機状態をつくりだしながら、国民が自分を支持するしかない状況をつくりだす」と解説した。状況が悪くなればなるほど、シャロン首相は国民の支持を高めていった。

 パレスチナ問題で激しくイスラエル批判をしたエルドアン氏であるが、昨夏以降の政治手法を読み解こうとすれば、シャロン氏のことを思い出してしまう。危機を生みだし、状況を悪化させることで、政治の主導権を握る荒業である。ただし、剛腕政治家に振り回される国民にとって、一寸先は闇となる。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

再送米PCE価格指数、3月前月比+0.3%・前年比

ワールド

「トランプ氏と喜んで討議」、バイデン氏が討論会に意

ワールド

国際刑事裁の決定、イスラエルの行動に影響せず=ネタ

ワールド

ロシア中銀、金利16%に据え置き インフレ率は年内
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story