コラム

「テロとの戦い」を政治利用するエルドアンの剛腕

2016年03月21日(月)06時34分

イスタンブール中心部の繁華街で3月19日に起こった自爆テロの現場で献花し、祈りをささげる人々(3月20日) Osman Orsal-REUTERS

 トルコでテロが続いている。首都アンカラで3月13日に車爆弾によるテロがあった。少なくとも37人が死亡し、70人以上が病院に運ばれた。19日にはイスタンブール中心部の繁華街でテロがあり、少なくとも4人が死亡した。トルコは2011年以来、最悪の内戦が続くシリアと長い国境で接していながら比較的安定した国だったが、この1年で爆弾テロが続く国というイメージに大きく変わってしまった。

 私は2014年春にカイロに駐在していた時、イスタンブールに行き、シリアやイラクから逃れてくる難民を取材したことがある。その当時、イスタンブールの繁華街やショッピングモールでは、湾岸諸国から来ている、いかにも富裕なアラブ人家族連れが目立った。ホテルの相場も上がっていた。エジプトでは2013年夏の軍のクーデター後、政治や治安の混乱が続き、基幹産業の観光は最悪の状況だっただけに、対照的なトルコの繁栄ぶりをまぶしく感じたものだ。

【参考記事】難民はなぜ、子供を連れて危険な海を渡るのか

 トルコもこの1年でアラブ世界の混乱に呑み込まれてしまったかのうようだ。13日のアンカラの爆弾テロで治安当局は少数民族クルド人の分離独立を掲げる過激派組織「クルド労働者党」(PKK)の2人の戦闘員による犯行と発表した。その後、PKKから分派した過激派「クルディスタン解放のタカ」(TAK)が犯行声明を出した。TAKは2月中旬にアンカラで29人が死んだ爆弾テロでも犯行声明を出している。

いつテロが起きてもおかしくない状況

 トルコ政府は「テロとの戦い」を強調し、国内とシリアに拠点を持つPKKに対して、軍事強硬策をとっている。さらにシリア北部に支配地域を持つクルド人組織「民主統一党」(PYD)と、その軍事部門「人民防衛隊」(YPG)はPKKと協力関係にあるとして、シリア国内のクルド人支配地域への空爆を繰り返していた。

 しかし、いくらトルコ政府が軍事・治安対策を強めても、それだけでテロを抑え込むことができるとは思えない。今回のアンカラのテロの後、ドイツ政府は新たなテロの脅威についての情報があるとしてアンカラの大使館とドイツ語学校、イスタンブールの総領事館の閉鎖を発表した。この動きを見ても、トルコはいつテロが起きてもおかしくない治安悪化のがけっぷちに立っている。

クルド人の集会を狙ったISのテロ

 トルコのテロはPKKやTAKなどのクルド人過激派だけではない。2015年で最も規模が大きかったのは、昨年10月にアンカラで連続自爆テロが起こり、約100人が死んだ事件だ。穏健派のクルド人や左派グループが開いていた平和集会が狙われた。治安当局はイラクとシリアにまたがる過激派組織「イスラム国」(IS)につながる組織の犯行と発表した。IS系組織は15年7月に南東部のスルチで32人が死んだ爆弾テロにも関与しているとされた。

 安定した状況から一転して治安の悪化が始まるきっかけとなったのが、スルチのテロだった。それ以前、トルコ政府はPKKとの秘密交渉によって、2013年3月に停戦に合意していた。ところが、スルチ事件の後、和平交渉は破綻し、停戦も崩壊した。

 スルチのテロでは、トルコ議会に参加するクルド系政党の人民民主主義党(HDP)支持者の集会が標的となった。シリア北部でクルド人勢力YPGが米国の支援を受けて、ISとの間で激しく戦っていたためである。一方で、HDPはテロの1か月前の6月総選挙で、初めて候補を立てて、定数550の議会で、80議席(15%)と躍進した。その選挙で、エルドアン大統領が率いる与党公正発展党(AKP)は2002年の政権発足以来、初めて過半数を割った。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ全域で通信遮断、イスラエル軍の地上作戦拡大の兆

ワールド

トランプ氏、プーチン氏に「失望」 英首相とウクライ

ワールド

インフレ対応で経済成長を意図的に抑制、景気後退は遠

ビジネス

FRB利下げ「良い第一歩」、幅広い合意= ハセット
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story