コラム

輸出規制への「期待」に垣間見る日韓関係の「現住所」

2019年07月08日(月)15時15分

事実、今回の日本政府の措置を受けて、韓国では同様の世論の強硬化が起こっている。7月4日にリアルメーターが発表した世論調査によれば、日本側の措置に対して「外交的交渉により解決すべき」と答えた人は僅か22%。言うまでもなく、外交的交渉イコール日本への譲歩、ではないから、今回の措置を契機に日本へと譲歩すべきだと考える人々は少数であることになる。他方、46%がWTOへの提訴を含む国際法的対応を、24%は経済的報復措置による対処を選択しているから、70%の韓国人が日本への明瞭な対決姿勢を選択している事になる。さらにいえば、文在寅政権の与党である「共に民主党」支持者のうち「外交的交渉による解決すべき」と答えた人は僅か5.7%。この状況で文在寅政権が、自らの支持者の圧倒的な意志に反して、徴用工問題等で日本への譲歩を選択できる筈がない。

わかりやすくいえば、少なくとも現段階では、今回の措置は韓国政府をして、むしろ譲歩から遠ざからせる効果すら有していない。世論が硬化した結果、文在寅政権の取りうる外交的選択の幅はむしろ限られてしまうからである。そもそも韓国の人々にとって、徴用工問題や慰安婦問題といった日本との歴史認識問題は、自らのナショナルアイデンティティに関わる問題であるから、経済的利益との間で簡単に取引できる様なものではない。

韓国は再び金融危機に陥る?

では、にも拘らず、日本の世論はこの措置を歓迎するのだろうか。可能性は大きく二つある。一つは何らかの理由により、人々がこの措置により韓国が屈服すると「信じている」可能性である。ここにおいて大きな影を落としているのは、日本人の持つ韓国との関係にまつわる過去の経験である。例えば、今回の措置に伴い日本国内で頻繁に出てくる議論の一つに、この措置により、韓国が金融危機に陥り、日本をはじめとする国際社会に助けを求めてくるのではないか、というものである。そこには韓国は経済的に不安定な国であり、日本による措置がこの国の脆弱な経済に決定的な影響を与えるに違いない、と言う「期待」がある。

過去の経験の表れは、経済関係のみならず、国際関係についても見ることができる。その表れの一つは一部の人々の間で繰り返される、今回の措置は国際社会、とりわけ日韓両国に大きな影響力を持つ、アメリカに支持されるに違いない、と言う「期待」である。だからこそ、日本単独の経済制裁としては効果が小さくとも、アメリカをはじめとする主要国がこれに続く事になれば、結果として韓国経済へのダメージは大きくなり、韓国はやがて日本に屈服するに違いない、とするのである。

同様の過去の経験に由来する「期待」は、韓国の国内政治においても見ることできる。この点で興味深いのは、今回の措置を支持する人々の一部が、これを契機に文在寅政権に反対する韓国の保守勢力が反旗を翻し、日本側の意図を後押ししてくれるであろう、と言う「期待」を繰り返し表明していることである。当然の事ながら、そこには日韓間の紛争が起こる度に、保守的な政治家や韓国財界がその修復に努めてきた、と言う過去の経験が存在する。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

金現物、4500ドル初めて突破 銀・プラチナも最高

ワールド

イスラエル、軍ラジオを来年閉鎖 言論の自由脅かすと

ワールド

再送-ベネズエラが原油を洋上保管、米圧力で輸出支障

ワールド

豪NSW州で銃規制・ 反テロ法強化、乱射事件受け
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story