コラム

輸出規制への「期待」に垣間見る日韓関係の「現住所」

2019年07月08日(月)15時15分

問題はこれらの「期待」が、例外なく「90年代以前のイメージ」から構成されている事である。第一の韓国の経済的脆弱性のイメージが、97年末のアジア通貨危機を中心とする過去の金融危機の経験から来ている事は明らかである。しかし、アジア通貨危機から既に20年以上を経た現在、韓国の経済状況は全く異なるものとなっている。例えば、アジア通貨危機以前には赤字に苦しんできた韓国の貿易収支は直後の98年以来、一貫して黒字基調に転じている。この様な状況の変化は、2008年におけるリーマンショックで、韓国経済が一時的に減速した時点でも、アジア通貨危機時の様な通貨危機に至らず、他の先進国に先立って経済のV字回復を遂げた理由の一つになっている。韓国の貿易黒字はその後更に拡大し、今日ではそのGDPに対する黒字幅の割合は、日本のそれをすら上回る規模になっている。

同じ事はマクロ経済についても言う事ができる。今回の措置が韓国のマクロ経済に与える影響については、既に幾つかの予測が出ている。その中で影響を最も大きくとる推計では、事態が長期化した場合、半導体の生産の10%程度が失われ、結果としてGDPが0.6%押し下げられるものとされている。しかしながら、それが韓国経済に決定的な影響を与えるかといえばそうではない。例えば今年の韓国の成長率予測は各種機関により差はあるものの、2%以上。だから仮に今回の措置によりGDPが0.6%押し下げられても、韓国の経済成長率は依然マイナスにはならない。他方、同じ日本の成長率予測は1%以下。皮肉なことに、計算上は、韓国の経済成長率はまだ日本を大きく上回ることになる。

韓国の保守派も変わった

90年代以前のイメージによる「期待」が、今日の状況と乖離している事は、韓国の国際社会における位置付けも同様である。90年代以前における韓国の国際的影響力は極めて小さく、他方「アジア唯一の経済大国」であった日本は、アメリカにとって他から突出する重要性を有していた。しかし、日本が長期の経済的停滞に苦しむ中、韓国をはじめとするアジア太平洋諸国が経済発展を遂げた結果、アメリカの国際戦略における日本の位置付けは大きく変化する事になっている。先般の板門店における米朝会談実現の過程からも明らかな様に、アメリカは時に日本を飛び越えて朝鮮半島にアクセスする様になっている。

そしてこの様なこの地域の経済、政治双方のパワーバランスの変化は、韓国の国内政治にも影響を与えている。政権発足直後から慰安婦問題で強硬姿勢に終始した朴槿恵政権時の経験から明らかな様に、現在の韓国においては、保守的な人々がすなわち、日本に対して好意的な人々である訳ではない。先に紹介した世論調査においても、今回の日本の措置に対して「外交的交渉により解決すべき」と答えた人は、文在寅政権に否定的な保守的な志向を持つ人々の間でも三分の一を少し超える程度しかない。過半数を超える人々は国際法的対処か対抗措置による、日本への強硬な措置を求めている。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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