コラム

新天皇を迎える韓国

2019年05月01日(水)08時46分

5月1日、皇居前で新天皇即位を祝う人々。 韓国には、リベラルな前天皇の退位を不安がる論調もある Issei Kato−REUTERS

<平成の終わりとともに、前天皇が望んだ韓国訪問の機会は永遠に失われた。日本政府に課せられた宿題はますます重い>

平成の世が終わり、令和の時代がはじまった。もちろん、今日の元号とは天皇の代替わりにより、新たになるものであり、それ自身が何らかの大きな時代の変化を表すものではない。

しかしながら、事、日韓関係については、この元号の変わり目は一定の意味を有している。何故なら、今年2月の文喜相国会議長の天皇に謝罪を求める発言に典型的に表れた様に、韓国にとって日本の天皇は依然として、特殊な意味を有する存在だからである。

例えば、平成から遡った昭和についてみて見るなら、1926年に即位した昭和天皇は、1945年の終戦まで、実に足かけ20年に渡り、朝鮮半島を支配した大日本帝国の主権者その人であった。だからこそ1989年の昭和天皇の死は、朝鮮半島の人々にとってかつて自らを支配した人物の死を意味していた。日本による朝鮮半島統治は1910年から1945年までの35年で、その半分以上の期間は「昭和天皇の統治」だったからである。

だからこそ、続く平成時代の天皇の即位は、韓国の人々にとって一つの転換点を意味していた。朝鮮半島の人々にとって昭和天皇は、例えばかつて学校に「御真影」を掲げて拝まされたその人に他ならず、現在まで残る植民地支配に対する韓国の人々の思いを考えれば、例えばその韓国訪問は実現困難であった。だからこそ、韓国の人々は昭和天皇の死を一つの時代の終わりだと受け止め、新天皇の即位を新たな日韓関係の大きな転換点となり得るものと考えた。

実現しなかった韓国訪問

そしてその思いは、恐らく新天皇自身も同じだった。だからこそ、その即位直後から天皇の課題として掲げられたのは韓国訪問であり、天皇夫妻もその実現に積極的な姿勢を見せる事となっていた。そもそも天皇は自らの皇太子時代に、実現寸前までこぎつけた韓国訪問が皇太子妃の体調不良で流れる、という事態を経験しており、彼自身にとってもその実現は、自らの父親の残した課題を実現する為にも、また、彼自身の信条としても、強く望まれていた、と言われている。韓国の人々もまた、幼少期にアメリカ人家庭教師から教育を受けリベラルな価値観の持ち主として知られた天皇の即位を歓迎した。1989年、天皇の韓国訪問はすぐにでも実現可能なように思われた。

しかしながら、天皇の韓国訪問は実現せず、この4月30日の退位の日を迎える事になった。日韓両国政府がタイミングを推し量り、時間を浪費している間に、歴史認識問題や領土問題が浮上し、日韓関係が大きく悪化していったからである。即ち、1991年には金学順のカミングアウトにより慰安婦問題が大きく注目されるようになり、2005年には島根県が制定した「竹島の日」を巡って、日韓両国政府は激しく対立した。近年の状況については言うまでもなく、こうして平成時代の天皇の訪韓の機会は永遠に失われる事となった。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米農場の移民労働者、トランプ氏が滞在容認

ビジネス

中国、太陽光発電業界の低価格競争を抑制へ 旧式生産

ワールド

原油先物は横ばい、米雇用統計受け 関税巡り不透明感

ワールド

戦闘機パイロットの死、兵器供与の必要性示す=ウクラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 6
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story