コラム

新天皇を迎える韓国

2019年05月01日(水)08時46分

そして、今、韓国はかつては期待を以て迎えた天皇の退位と、新天皇の即位を迎える事となった。韓国メディアでは天皇の退位を惜しむ声が強く、逆に新天皇に関わる報道は限定されたものとなっている。今日の韓国のメディアにおける平成の天皇は、リベラルな価値観を以て、ナショナリスティックな安倍首相にブレーキをかける存在、として語られる事が多く、故にその退位が日本をしてより民族主義的な方向性へと向かわせるのではないか、という危惧が強まっている。

とはいえ、この様な韓国における前天皇退位・新天皇即位に対する報道の在り方からは、同時に彼等の日本認識に関わる大きな問題も見出す事ができる。それは韓国の多くのメディアが依然として、日本の天皇を何らかの大きな政治的影響力を持つ存在と、漠然と捉えている事である。そしてその様な韓国人の理解の表れの典型こそが、先に挙げた韓国国会議長の天皇への謝罪を求める発言なのである。即ち、そこにあるのは、国際社会から見れば日本の元首に相当するのは天皇であり、だからこそ、日本が謝罪の意を示すなら、天皇が謝罪行為をするのは当然だ、という単純な理解であり、そこには第二次大戦終戦から今日まで積み重ねられてきた、天皇の国事行為を巡る複雑な議論は全く反映されていない。

今も「過去」と結びつく天皇制

そして、この事が意味する事は重大である。つまり、韓国の人々の日本の天皇制に対する見方が、依然として戦前のそれにひきつけられたものである事は、即ち、年間800万人を超える人々が互いに行き来する状況においてすら、日本の基本的な政治制度や社会の在り方が、隣国の韓国にすら理解されていない、という事を意味しているからである。

そして同様の事は他国についても言うことが出来る。重要な事は、日本の社会の在り方は、国際社会には驚くほど知られていないという事であり、前天皇の退位と新天皇の即位、そして元号の交代を巡る日本国内の喧騒が、国際社会をしてさらに日本をして、必ずしも歓迎されない「過去」と連結させて理解される、という事である。国際社会の日本に対する無知を嘆く事は容易であるが、それは同時に日本人が現在の国の成り立ち、より正確に言えば、第二次大戦後、新憲法体制下で既に70年以上を経たこの国をいかなる存在であるかの国際社会に対する説明を怠ってきた事を意味している。

天皇とはいかなる存在であり、それは日本と他国の関係においてどの様な意味を有しているのか。そして他国は新天皇に何を期待する事ができ、また出来ないのか。自らの役回りがきちんと整理されなければ、新天皇にとっての負担も大きくなる。この機会に、日本外交における天皇や皇族の役割について整理し、国際社会に説明していく事が重要なのではないだろうか。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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