コラム

引責辞任したカンタベリー大主教のセレブで偽善的でえげつない素顔

2024年11月30日(土)16時23分

例えば彼は、テムズ川沿いの(文字通りの)宮殿を住居としているが、それは大主教の職務とセット。最高の特権がいろいろ付いている貴族院の議席を彼が失うかどうかさえ明らかになっていない。

見当違いの推測かもしれないが、今後、チャールズ国王からウェルビーに送られる辞任承認の書簡が、彼の「国家への奉仕」に対する「感謝」を表すような文面になる可能性もある。「わが国教会の評判をこんなにひどくおとしめるとは......」などと国王が述べる可能性は極めて低い。

ウェルビーは、世界で最も権威ある(そして非常に高額な)イートン校の出身だ。彼の母親はチャーチル元首相の私設秘書だった。彼の父は議員に立候補した。彼の大叔父ラブ・バトラーは、戦後政治の大物で、その後、ケンブリッジ大学に31あるカレッジのうちの1つの校長を務めた――支配階級の人々にとって理想的な「リタイア後」の役職だ。

驚くべき偶然により(!)、ケンブリッジの約30のカレッジのうち、若かりし頃のウェルビーはたまたま彼の叔父が校長を務めていたカレッジに入学した。入学審査の教官は、彼を特別優遇しないよう細心の注意を払ったはずだ(!?)。

僕にとって、ウェルビーの子供時代の顕著な事実は、富と特権に尽きる。でも、われわれが聞かされてきたのは異なる話だった――ウェルビーはアルコール依存症の両親のもとで「荒れた」子供時代を過ごした、と。

それが人生においてかなりの困難であることは否定しないが、彼の生育環境は、公営団地で生まれ育った貧しい子供たちよりはるかに恵まれたものだったろう。

石油業界で成功したのに環境問題にご高説を垂れる

ケンブリッジ卒業後、彼は石油業界で成功を収め、重役になった後、「召命」を受けたとして神に仕える決心をした。ウェルビーが教会職に加わるために数十万ポンドの年収を「手放した」と言われることもある。でも既にとんでもなく裕福で、新たなキャリアでもかなりの成功を見込めそうな場合、その決断はそう難しいものではないだろう。

大主教としての彼の給料は実際、結構な金額だったし、どんな職業だって得られるものは金銭ばかりではない。大主教でいえば、亡くなった君主の国葬を執り行い、さらには新たな君主の戴冠の役目を担うことで、歴史に名を刻むことができるのだ。

僕が興味深く感じたのは、ウェルビーがかつて石油業界で働いていたのに、大主教として環境問題にたいそうな主張をすることを何らためらっていないように見えたところ。彼は気候変動対策の失敗を「ジェノサイド」に例えた。これは強い言葉であり、必ずしも不適切というわけではないが、彼はそれを言うのにふさわしい人物だったのだろうか?

同様に、彼は亡命希望者に対する英政府の厳しい政策を批判し、ひいては移民受け入れ規模を縮小したいと考える有権者たちまで遠回しに非難を向けることになった。奇妙なことに彼は、自分の一族の富が大部分はかつての奴隷貿易によって築かれたという事実のおかげで、どういうわけか人種差別主義の愚かさを声高に追及する使命を自分が与えられたとでも考えているようだ。おまけに彼の曽祖父は、英領インドの植民地行政官の関係者だった。

彼は、自分の一族の歴史を「深く悔やんでいる」と言いながらも「わが国の恥ずべき過去」について語り、まるでイギリス社会全体も責任を分かち合うべきだとでも言いたげだ。イギリス人の大多数はむしろ、奴隷所有は一部の少数派による黒人への重大犯罪であり、多数派の白人同胞たちに対して自らの一族が子孫代々まで続く優位な地位を築くための手段だった、というふうに考えている。

奴隷制という不道徳なビジネスのおかげで高い社会的地位を確立しながら、今やこの悪を「反省」し、その学びを人々に伝えることで独善に浸る――そんなふうに奴隷制によって「第2弾の」名声を得ているのは、ウェルビーだけにとどまらない。

僕はウェルビーを悪人だとは思わないが、偽善の匂いと自己認識の欠如には吐き気を覚える。エスタブリッシュメントの「典型」に見えるからだ。

20250128issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年1月28日号(1月21日発売)は「トランプの頭の中」特集。いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、OPECに値下げ再度要求 ウクライナ戦

ワールド

米中外相が電話会談、両国関係や台湾巡り協議 新政権

ビジネス

米1月総合PMI、9カ月ぶり低水準 サービス部門の

ワールド

ハマス、イスラエル軍の女性兵士4人を解放へ 人質交
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ人の過半数はUSスチール問題を「全く知らない」
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄道網が次々と「再国有化」されている
  • 4
    いま金の価格が上がり続ける不思議
  • 5
    電気ショックの餌食に...作戦拒否のロシア兵をテーザ…
  • 6
    早くも困難に直面...トランプ新大統領が就任初日に果…
  • 7
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
  • 8
    「ホームレスになることが夢だった」日本人男性が、…
  • 9
    「後継者誕生?」バロン・トランプ氏、父の就任式で…
  • 10
    軍艦島の「炭鉱夫は家賃ゼロで給与は約4倍」 それでも…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 4
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 7
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 8
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 9
    いま金の価格が上がり続ける不思議
  • 10
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 7
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 8
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 9
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story