コラム

トランプを勝たせたアメリカは馬鹿でも人種差別主義でもない

2024年11月27日(水)18時41分

「文化戦争」においては、民主党が一方の側に、共和党が他方の側にいるとみなされるもの。民主党は、「インターセクショナリティ(交差性、人種や性的指向などへの差別を個別の問題ではなく複合的な問題と捉えること)」、「批判的人種理論(人種差別は制度的に組み込まれているとする考え方)」、「白人特権は存在する」、「トランスセクシュアルの権利」といった、非常に疑わしい論理的根拠に欠ける理論を擁護する人々に共感していると思われている。

端的に言えば、これらは平均的なアメリカ人が強く拒絶する考え方だ。

彼らは、オレゴン州ポートランドで起きたように、小さなタコス料理店が、メキシコ人ではなくて白人が経営しているからという理由でネット炎上し、廃業に追い込まれた、といった事例を望まないのだ。なんとまあ大変、「文化の盗用」の罪ではないか!というわけだ。

トランプは、自身の数々の欠点にもかかわらず、こうした問題に関しては多数派の有権者の感覚に同調することで有利に立った。

ラジオでは、民主党の活動家が大統領選後に、ハリスの集会がいかにスター勢ぞろいのコンサートだらけだったかと嘆いているのを聞いた(そして、暮らし向きの良くない人には高すぎる入場料だった、と)。ぎょっとするほど一般人の感覚とはかけ離れていると、その活動家は言っていた。

繰り返しになるが、左派政党が自分たちの「エース」を有名人による推薦だと思っているのは、よくありがちな欠点に思える。ほら、デ・ニーロはトランプを嫌ってるだろう! ケイティ・ペリーとレディー・ガガはハリスを望んでいる! 

イギリスでは、全ての俳優が労働党の誇り高き支持者であるかのように見える。僕の地元では、彼らを「左派ラブな人々」と呼んで、そのうちの某俳優(大抵、僕たちの誰も見ていないようなヒット作1作だけで有名になったような人物だ)が、人々に政治を講義する資格ありとみなされ、独自の考えを広めるための舞台を与えられていることには驚くばかりだ。

「なんてこった! 億万長者のこのポップスターは、僕と意見が違うじゃないか。僕が考えを改めなきゃ」などと言う人はここイギリスにはあまりいないし、アメリカでもいないだろうと思う。

ところで、真に英国を象徴する俳優であるマイケル・ケインは、この点で例外的な人物であり、彼は根っからの社会主義者ではないからきっと芸能界イベントの場では孤立しているに違いない、と僕たちはよく冗談を言っている。

ひょっとすると何が違うかと言えば、ケインが労働者階級の出身というところかもしれない。金持ちの家に生まれてロンドンきっての高級住宅地ハムステッドで相続財産で生活しながら芸能の道を歩んでいる俳優たちとは異なるということだ。

人種差別は致命傷になるはずだが

おそらく、トランプにとって最も大きな逆風になったのは、刑事告発を受けた数々の出来事ではなく(なぜなら多くのアメリカ人がトランプ関連の刑事告発は政治的動機に基づいたものだと考えているから)、彼が人種差別主義者だという非難だろう。人種差別主義者だと思われたら、選挙に勝つのは実に難しくなる。だからこそ多くの国の左派は、敵対する相手を「隠れ人種差別主義者」に仕立て上げようと躍起になるのだ。

西側のあらゆる主要民主主義国家では、統計的な情勢は明らかだ。全ての「有色人種」と、人種差別を許さないと考えている圧倒的な割合の白人を合計すれば、大量の有権者数になるので、人種差別主義者とみなされた候補者が勝てる余地はなくなる。

でも僕が聞くかぎり、人々がトランプを人種差別で非難するときはいつだって、彼が不法滞在の外国人を送還するから、というのがその根拠だった。さらなる根拠として彼らは、そうした外国人が何百万人にも上ることや、彼らを排除するための法律がいかに衝撃的か、という点を挙げるだろう。

とはいえ、シンプルに言い換えるなら、それは「法を実行すること」であり「国境を守ること」であるように思える。それは、人種を問わずほとんどの人が「人種差別」と感じるよりも当然のように「良いことだ」と考えるものだろう。さらに、不法移民問題は驚異的な規模に膨れ上がっていると認識している人が大多数だからこそ、トランプはいっそう支持を受けた。

トランプ支持者たちはゴミだとジョー・バイデン大統領が口を滑らせたことは、多くのアメリカ人が、民主党は心の奥底では自分たちに同意しない人々を実際にはそんなふうに捉えているのではないかと疑っているだけに、余計に問題を呼んだ。

これに匹敵する出来事が、2010年のイギリス総選挙で、当時首相だったゴードン・ブラウンが取った行動だ。遊説中、労働者階級の女性から政権の開放的な移民政策について抗議されたブラウンは、車に乗り込んだ後に「偏狭な差別女め」と吐き捨てた。彼はマイクがオンになったままであることに気付いておらず、この発言はニュースで報じられた。それは、多くのイギリス人の言うところの「仮面がはがれた」瞬間だった。

強調しておきたいのは、僕はトランプを支持しているわけではないし彼の政策も好きではないということだ。念のために言っておくと、彼には数多くの深刻な欠陥があると思う。でも、トランプが勝利し民主党が負けたのには数々の理由があり、単にアメリカ国民が愚かで人種差別主義者だからという理由では決してないのだ。

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プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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