コラム

移民は抑制したいが非道な抑制策には抵抗が......イギリス人の本音

2023年12月15日(金)17時50分

同時に、英政府は就労ビザを得るために大学教育が悪用される事例を減らすと述べている。基本的に、イギリスの大学が留学生を大いに引き付けることができているのは、学位を取得すると、卒業後に2年間イギリスに滞在して実務経験を積む権利を得られるから、という部分が大きい。これは、永住権や市民権を獲得するための手段の1つになる。

そのため、大学は大学教育を「セット販売」商品として、本来の価値よりはるかに高い値段で売ることができた。だから政府はその権利を制限することで数を減らすことができるが、大盛況の大学産業に打撃を与えることになるだろう。大学の経済モデルは現在の制度に基づいている。大学が破産し始めれば、人々は政府の「短絡的な」移民見限り策に失望の声を上げるだろう。

あるいは、移民が減ることを望んでいる人でも、配偶者ビザの削減が対策に含まれることの問題点に突然気付く場合もある。イギリスの市民が外国人と結婚しようとした場合(特殊なカテゴリーに属するアイルランド人との結婚は例外)、結婚相手は厄介な試験に合格しなければならない。提出書類も多く、申請料も高く、時間もかかる。あまりに複雑なので、追加費用を払ってでも弁護士を雇ったほうが賢明だ。

手続きの中には、結婚相手との関係が長期的なもので、双方の利益を狙った「偽装結婚」ではないことを証明するものまである。また、かなり複雑な経済的条件もある。定職に就いていてそれなりの収入がある人でさえ、条件を満たすのに苦労するだろう。

外国人と結婚できるのは金持ちだけ?

僕の通う理髪店の女性もこれを経験した。彼女はキューバ人男性と出会い、結婚を望んだが、彼女の収入が十分ではなかった(男性側の収入はこの手続きでは不問だった)。多額の預金があれば低所得でも条件を満たせるが、銀行口座に1年以上保たれている金額でなければならない。

そして、自営業者やフリーランスの場合のほうが、ルールが厳しく、複雑になっている。ほとんどの理容師は自営で、つまりは税金が多少低く、控除される経費もある。だから、この理髪師の女性は配偶者ビザの手続き中に正社員にならなければならなかったし、そのせいで税金をより多く払わなければならない。

一方、婚約者のほうは、観光ビザさえ取得できなかった。実は既に結婚していてこのままビザ切れの不法滞在を狙う、といった事態を避けるためだ。だから2人は第三国で会わなければならず、またしても余計な出費がかさんだ。

若いカップルが困難を抱えて、ただ一緒にいたいだけなのに経済的に大打撃を受ける――そんな話は誰が聞いても嫌な思いになるだろう。そのうえ最新の政策は、経済的条件の敷居をもっとずっと引き上げるだろう。人々は、結局のところ基本的には外国人と結婚してイギリスで一緒に暮らせるのは金持ちだけだ、ということに気付くだろう。だから、平均的なイギリス人が恋愛して結婚する権利が制限されることになる。

だから、政府が移民に関して難しい立場に置かれていることも気に留めてやる必要がある。人々は移民数を抑えたいだろうが、影響を及ぼさずにそれを成し遂げるのは容易ではない。最悪のシナリオは、新たな問題を引き起こし、経済や人々の生活に打撃を与え......それでもまだ移民が「受け入れ難いほど」多い状況は変わらない、という事態に陥ることだ。

ニューズウィーク日本版 英語で学ぶ国際ニュース超入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年5月6日/13日号(4月30日発売)は「英語で学ぶ 国際ニュース超入門」特集。トランプ2.0/関税大戦争/ウクライナ和平/中国・台湾有事/北朝鮮/韓国新大統領……etc.

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指

ワールド

米との鉱物協定「真に対等」、ウクライナ早期批准=ゼ

ワールド

インド外相「カシミール襲撃犯に裁きを」、米国務長官

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官を国連大使に指名
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story