コラム

低金利時代が招く「堅実な中流」の崩壊

2021年06月02日(水)14時15分

働いて貯めるより借金して浪費するほうがお得になった Bence Bezeredy/iStock.

<地道に貯金してもインフレ率以下の低金利で実質的に得はなく、浪費で借金してもたいして損しないイギリスの現状は、「働くか倹約するかで堅実な資産を貯めろ」という中流の伝統的価値観を損なう>

個人的な資産管理に関して言えば、僕は典型的なイギリスの中流階級だ。ハイリスクハイリターンな投資よりは、銀行預金の地道な金利で資金を増やす方を好む(「ウサギではなくカメで行け」)。僕は一度も個人ローンを組んだこともなければ、利息を払う買い物をしたこともない。家を買うには住宅ローンを組むのが唯一の方法だから住宅ローンは許容できるが、それでもできるだけ早く返済するのがベストだ。

経済的安定への着実な道は、使う金額よりも多く稼ぐこと。つまり、より働くか、より倹約するかすればいい。巨万の富とはいかずとも堅実な資産を築くために数多くの人々が従ってきたルールだ。実際のところ、それこそが「中流階級」の何たるかを示す大きな部分でもある。

問題は、これは完全に誤りだったのではないかと僕には思えてしまうこと。僕が基準としてきた「安全な」原則が絶えず崩れ、覆っている。僕が鈍いのか、イギリス経済が十年以上も『鏡の国のアリス』的にあべこべな世界になっていて気付かれないようになっていたか、のどちらかなのだろう。

通説によるとアルバート・アインシュタインは、「複利効果は人類最大の発明。知っている人は複利で稼ぎ、知らない人は利息を払う」と言ったらしい。「利益が利益を呼ぶ」のがいかに雪だるま式の効果を生むか、僕も身を持って思い知った。金融危機以前、一番金利の良かった僕の銀行預金は、11年間で倍になった。僕のメインバンクで今、銀行預金を同じように倍にしようとすれば、126年かかるだろう(それでも他行よりはマシな金利なのだが)。

インフレ率よりも金利が低い

「銀行預金」という言葉はこれまで、確実性と同義で肯定的に使われていた。ところがいま確実なのは、自分の金が時と共に目減りしていくということ。単純な話、金利がインフレ率よりも低いために、銀行に預けた金がそれで買う物の値段と比較して縮小しているのだ。「ゼロ金利」では日本の方がイギリスより先行しているものの、日本は同時にデフレも続いているから低金利・ゼロ金利状態は厳密には実質利益を生んでいる。

イングランド銀行(英中央銀行)の政策金利は2007年の5.75%から09年には0.5%へと急降下した。これは経済が回復するまでの一時的な措置だと言われていたから、僕はじっと待っていた。

2012年や13年にはもう、金利はすぐにまた上昇し始め中期的にはおそらく3%ほどで落ち着くだろうと、専門家らは予測していた。ところがそれどころか、金利は18年にほんの少し、0.75%に引き上げられただけで、それも昨年のパンデミック(感染症の世界的大流行)の当初には0.1%に引き下げられた。

今ではマイナス金利もささやかれている。この期間の膨大な「失われた利益」は、気付きづらいが、多くの家庭にとっては何万ポンドにも上るだろう。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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