コラム

英BLM運動、偉人像攻撃の耐えられない単純さ

2021年03月04日(木)17時00分

オリバー・クロムウェルにはジェノサイドの汚名も Matthew Childs-REUTERS

<イギリスでは昨年から銅像引き倒しが続くが、アイルランド系イギリス人の視点で見れば、黒人目線だけで複雑な歴史上の人物に評価を下すのはあまりに一方的だ>

英南西部ブリストルでは、奴隷貿易商のエドワード・コルストンの像が川に投げ込まれた。ロンドンでは、チャーチル元首相の像に「人種差別主義者」の落書きがされた。オックスフォード大学では、帝国主義者のセシル・ローズの像をオーリエル・カレッジから撤去すべきとの声が上がっている。「ローズを撤去せよ」は、BLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大事)運動のスローガンになっている。

これを受けてローズ像の処遇を検討するための委員会を立ち上げたオーリエル・カレッジは今年、報告書を発表することになっているし、2月にはロンドンのカーン市長が首都の公共空間での「多様性改善」(像や通りの名称を再検討する)委員会を発足させた。カーンがこの計画を発表したのは、昨年6月にコルストン像が引き倒されてから数日以内のこと。つまり、昨年の銅像襲撃が、現在の政治的議題を動かしていることになる。そして「独立」委員会は、有色人種や抗議行動に共感する人々を重視し過ぎている。

僕と同じくアイルランドにルーツを持つイギリス人の多くもそうだろうが、この件で僕が最初に感じたのは、じゃあ、僕たちが壊したい像、説明書きを書き換えたい像はどうなるの? というものだ。

例えば、ロンドンの国会議事堂前に堂々と像が立つオリバー・クロムウェルを考えてみよう。彼はアイルランドで1649年、その残虐さで悪名高き鎮圧部隊を率いた。市民は虐殺され、土地は没収されて彼の臣下に与えられ、多数派のカトリック教徒に差別的な刑法が制定された。何千人ものアイルランド人が奴隷労働のために植民地へと送られた。戦争を機に飢餓と疫病が起こり、おびただしい数のアイルランド人が死亡した。

クロムウェルのアイルランド鎮圧を「ジェノサイド(集団虐殺)」と呼ぶ人もいれば、もう少し軽く「戦争犯罪人」で済ませてやる人もいる。最大限寛大に見ても、彼は正当な理由でアイルランド人から憎まれているのだ。

黒人の怒りだけが基準なのか

ジョン・ラッセル卿は厳密にはアイルランド人の敵ではないが、それでも大災厄の「ジャガイモ飢饉」時期の大半で英首相を務めていたから、アイルランドの大量死に責めを負う部分もある。推計100万人が餓死し、さらに100万人が移住を余儀なくされて、アイルランドの人口は1845~51年のたった6年間で約4分の1減ったことになる。ラッセルの像は国会議事堂の豪勢な「中央ロビー」に飾られ、議員たちのインタビューの際にはよくテレビに映し出されている。

アイルランドの人々を苦境に陥れた極度の貧困は大部分がイギリスの統治によってもたらされたから、この飢饉は時にジェノサイドに例えられることもある。アイルランド人は自らの国で小作農として働き、イギリス人貴族に地代を払っていた(地主の多くはアイルランドの所有地を訪れることすらめったになかった)。飢饉の発生時、英政府の対応はひどく不十分だった。ビクトリア朝の繁栄期にあって、イギリス人の支配下にある大勢の人々があばら家を追い立てられ、道路脇で死んでいったのだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

マスク氏、第3政党始動計画にブレーキ=WSJ

ワールド

米大豆農家、中国との購入契約要請 トランプ氏に書簡

ワールド

韓国は「二重人格」と北朝鮮の金与正氏、米韓軍事演習

ワールド

トランプ政権、ワシントン検事局に逮捕者のより積極的
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル…
  • 5
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 6
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 9
    時速600キロ、中国の超高速リニアが直面する課題「ト…
  • 10
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 7
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 10
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story