コラム

英サッカー選手のBLM膝つき行動は「自己表現」でも「勇気ある行為」でもない

2021年01月07日(木)15時20分

英プレミアリーグ選手は漏れなく抗議活動に加わったが REUTERS

<全ての選手がBLMに賛同し、深刻な問題と捉えているとは考えにくいだけに、プレミアリーグで膝つき行動が「異論なく」一様に行われていることに違和感を覚える>

僕はひそかにNFLのコリン・キャパニックに称賛の念を抱いていた。彼の意見に賛同しているからでもないし、国歌斉唱中に抗議するのが最善の表現手段だと思うからでもない。表現の自由の権利を行使し、それを平和的な方法で行い、それを受けての非難にも真正面から立ち向かったからだ。

今、イングランド中のプロサッカー選手と関係者が皆、試合開始前に「膝つき」を行うようになった。一般的には、選手たちがキャパニックの理念に支持を表明していると見られている。でも重要な意味で、これは正反対だ。表現の自由の観点から言えば、キャパニックに相当するのは、この運動に参加するのを拒否する選手か、自分の意見を別の方法で表現する選手だ。

新型コロナウイルスの感染拡大による試合中止期間と、米ミネソタ州のジョージ・フロイドの死によるBLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大事)運動の広がりを経て、2020年夏にプレミアリーグが再開されたときから、この膝つき行動が始まった。選手たちに「異論なく」受け入れられ、あらゆるクラブの選手と監督と関係者が参加。政治的主張を禁じているはずのイングランドサッカー協会も、BLMのスローガン入りユニフォームを選手が着用するのを承認した。

これまでのところ、結束を乱す選手は一人もいないが、全ての選手がBLMに賛同していることなどあり得ないだけに、これは奇妙に見える。イギリスの全サッカー選手が、黒人に対する警察の暴力をこの国(フロイドが殺害されたあの国ではない)の深刻な問題と捉え、だからこそ警察予算を削るべきだと思っているとは考えにくい。

今の時代の最新基準で言えばチャーチルやガンジーといった歴史的人物は人種差別に当たるのだから、反人種差別主義者の要求どおり像を引き倒すべきだ。イギリス史の授業から植民地時代を美化するような記述を排除するべきだ──そんなふうに全サッカー選手が考えているとも思えない。

僕はなにも、サッカー選手の考えはこうあるべきだ、と言いたいわけではない。彼らは全員が必ずしも賛同しているわけでもないのに、皆そろってBLM支持を抗議行動で表現しているということを言いたいのだ。

彼らは義務的に参加しているか、深く考えずに皆がしているから従っているか、のどちらかだ。あるいは、彼らはこの抗議行動を、BLM(「批判的人種理論」や「制度的人種差別主義」の問題で過激な立場を取っている)ではなく広い意味の「反人種差別」の運動であると思っている可能性がより高い。

いずれにしろ、この抗議行動を選手の「自己表現」と見なすことは難しい。これが今の時代にふさわしい行為とされ、コメンテーターから称賛されているような状況では、勇気ある行動とはいえない。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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