コラム

イギリス人がパブにも行かず自宅待機するのはある理由から

2020年03月25日(水)13時55分

ジョンソン英首相は3月23日に演説し、イギリス国民に事実上の外出禁止を呼び掛けた Andrew Couldridge-REUTERS

<休校やスポーツイベントの中止、パブすら閉鎖におとなしく従うのは、ただひたすら「私たちの国民保健サービス(NHS)」を守るため>

イギリス国民はほんの数日の間に、「平静を保ち普段の生活を続けよ(でも手はよく洗って)」という段階から「こもってパニックせよ」という段階に移行した。ちょっと前にはボリス・ジョンソン英首相が、自分は喜んで人と握手する(たとえそれが感染者のいる病院関係者であろうと)と話していたが、今となっては他人との身体的な接触は狂気の沙汰だと考えられている。サッカーやその他のスポーツ、学校も続行されるとされていたが......今では全て中止になった。

名勝史跡保存団体のナショナル・トラストは、この新型コロナウイルス危機の渦中で、人々が気晴らしに散歩し、体を動かせるようにと、所有する全ての庭園を開放すると宣言したが、今や日用品の買い出し以外で外出すること自体が無責任の極み、といった雰囲気になってしまい、友人と会うことさえできなくなってしまった。

当初のプランは合理的に思えた。経済を傷つけず、何週間もぶっ通しでの巣ごもりは勧告せず、過剰反応をせず、というものだ。でもよく言われるとおり、「戦略とは敵の最初の襲来で消え失せる」。基本的に、新型コロナウイルスはヨーロッパ各国の保健医療システムを制圧しながら急速に広がっており、イギリスも抜本的な対策でも取らない限りは、ヨーロッパ諸国と同じ方向へと向かっている。

多くの人がいぶかしんでいるのが、イギリス人は果たして、そう簡単にパブにも仕事にも学校にも行かず、家に閉じこもっていられるのか、ということだ。それはあまりにイギリス人らしくない。イギリス人がそんなことをしようとするのは、先回りをして(事態が拡大する前に)行うというより、あくまで事後的に(たとえば自分の近隣で死者が出た後などに)行う場合だけだったのではないかと思う。

ところが今や人々は、3月23日の外出禁止令が発表される前から既に、そうした行動を取り始めている。このウイルスが、20代や30代の若者にとっては生死にかかわる脅威ではないことがよく知られているから、人々の行動が自衛のためだったとは思えない(ほとんど風邪程度の症状をもらうかもしれないからと言って、彼らがパブやクラブに行くのをためらうだろうか?)。自分が何らかの症状を持っている場合は他人との接触、特に高齢者との接触はご法度だということは既に浸透しているから、この行動が利他的なものだったとも思えない。

警告や罰金よりも効果あり

それでは何だったのかと言えば、国民保健サービス(NHS)、あるいは皆が言うところの「私たちのNHS」への支持表明だろう。NHSはイギリス人に愛されている機関だ。おそらくこの1点に関しては、僕たちイギリス人は皆、意見が一致している。つまり、わが国にNHSがあることは幸運であり、1945年に労働党に投票した偉大なる戦争世代の人々から受け継がれた機関であり、医師も看護師もその他スタッフも国民の健康のために無私無欲で貢献してくれている英雄である、という点だ。必要な時にすぐに医師の診察を受けられないようなときでも(イギリスではよくあることだ)、それは医師のせいではなく、NHSが資金不足に苦心しているせいだ、と判断される。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イラン、プーチン・ロシア大統領の訪問で準備=通信社

ビジネス

中国発の格安ネット通販、90日間の関税猶予中に米在

ワールド

米下院共和党、気候変動対策費を大幅削減へ トランプ

ワールド

スターマー英首相私邸で不審火、建物一部損傷 ロンド
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:2029年 火星の旅
特集:2029年 火星の旅
2025年5月20日号(5/13発売)

トランプが「2029年の火星に到着」を宣言。アメリカが「赤い惑星」に自給自足型の都市を築く日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映った「殺気」
  • 3
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因は農薬と地下水か?【最新研究】
  • 4
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 5
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 6
    「出直し」韓国大統領選で、与党の候補者選びが大分…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    「がっかり」「私なら別れる」...マラソン大会で恋人…
  • 9
    あなたの下駄箱にも? 「高額転売」されている「一見…
  • 10
    ハーネスがお尻に...ジップラインで思い出を残そうと…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 9
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 10
    ついに発見! シルクロードを結んだ「天空の都市」..…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story