コラム

ブレグジットはなぜここまでこじれたのか? 「典型的な離脱支持者たち」はこう考える

2019年10月16日(水)15時45分

10月31日の離脱期限が迫るなか、いまだブレグジットの行方は不透明なまま(写真は再開した英議会でスピーチするジョンソン) Jessica Taylor / (c) UK Parliament / REUTERS

<民意のままに進められると期待されたEU離脱は何の進展もないまま3年が経過したが、今となっては国民投票の正当性を疑ったり司法の力を使って離脱を阻止しようとする動きまで出てきた>

ブレグジット(イギリスのEU離脱)の是非を問う国民投票が行われたとき、EU加盟国であることを選ぶかどうかは僕たち「国民」にかかっていると言われた。だから僕たちは、この投票結果を政治エリートたちが粛々と実行するだろうと期待していいはずだ。だがあれから3年がたったいま、いまだに実行されていない。

EU離脱が「不可能だ」(あるいは不可能も同然だ)とは言われていなかったはずだ。もし今、イギリスがその「不可能」な立場に置かれているのだとしたら、適切に民意を問われることもなしに、そんな状況に追い込まれるべきではなかった。

なにしろ、今のこの状況はつまり、この30年間に(EUとともに)取り組んできたさまざまなことが、もはや取り返しのつかないほどの憲法上の変化をもたらしてしまったことを意味しているように見えるからだ(たとえばアイルランドは、EUの方針が変わるたびに何度も国民投票を行っているほどだ)。

国民投票はそもそもがひどいアイデアであり、イギリスの伝統的政治システムにはなじまない、と言う人もいる(こうして2016年の国民投票の正当性を否定しようとする)。だが、国民投票後の2017年に行われた総選挙では、2大政党の保守党と労働党がどちらも国民投票の結果を尊重すると約束した。彼らは合計80%以上の票を得たが、自由民主党やスコットランド民族党(SNP)といった強くブレグジット反対を表明する党は前回選挙に比べて大幅に票を減らした。つまりブレグジットは、イギリスの伝統的システムにきちんと従って付託の再確認を得たのだ。

国民のごく一部の層は、国民投票の結果を受け入れず、ブレグジット阻止に全力を傾けている。そこには権力者や富裕層やエリートたちが多数含まれる。彼らの戦略はこんな感じだ。国民投票の再実施を呼びかける(彼らの望む結果をもたらすためにお膳立てされる「再投票」だ)、合意なき離脱を阻止する法律を制定する、政府の策略の余地を制限するために司法の力を利用する、など。こうしたこと全てが、EU側との交渉においてイギリス側に不利に働いている。

国民投票の結果を受け入れようとしないイギリス国内の反ブレグジット派の動きは、EUを助けることになる。EUにしてみれば、イギリスに対してほどほど妥当な離脱合意案を提示しようという意欲が失せるからだ。かたくなに妥協を拒むEUの態度は、イギリスの多くの人々にかえって称賛されている。

イギリスから見て「悪い取引」になるのは、国民投票の再投票が行われたとして(その場合、「この最悪な離脱」を選ぶかそれとも「残留」を選ぶか、という問われ方をするだろう)、その結果今度はイギリスがEU残留を選び、そうなればイギリスがEU内で抑え込まれ、軽くあしらわれる存在になる、という事態だ。それに、イギリスが離脱した場合にイギリスが損害をこうむる、というような「悪い取引」は、ほかのEU加盟国にとって、決して離脱しようなどと思わないような「悪い教訓」として働く。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日本との関税協議「率直かつ建設的」、米財務省が声明

ワールド

アングル:留学生に広がる不安、ビザ取り消しに直面す

ワールド

トランプ政権、予算教書を公表 国防以外で1630億

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、堅調な雇用統計受け下げ幅縮
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見...「ペットとの温かい絆」とは言えない事情が
  • 3
    野球ボールより大きい...中国の病院を訪れた女性、「CT写真」で体内から見つかった「驚愕の塊」
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 6
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 7
    なぜ運動で寿命が延びるのか?...ホルミシスと「タン…
  • 8
    「2025年7月5日天体衝突説」拡散で意識に変化? JAX…
  • 9
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 10
    「すごく変な臭い」「顔がある」道端で発見した「謎…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 10
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story