コラム

離脱交渉スタートでEUが見せた本性

2017年04月03日(月)15時00分

EU本部の権限を強化しようというEU側のやり方が変わる気配は見えない(写真はブレグジットに反対する抗議活動) Hannah McKay-REUTERS

<ブレグジットの交渉で、他の加盟国の離脱を阻止するためにEU側がイギリスの状況を難しくしようとしているのは、すでに明白>

イギリス政府がEU基本条約(リスボン条約)第50条をついに発動し、ブレグジット(イギリスのEU離脱)のプロセスを開始したことに、いくらか不安を覚えるのは無理もないだろう。イギリスの多くの人々が未来は「不確か」だと感じているが、僕はむしろ「未来はまだ決まっていない」と考えている。

一方で確かなのは、イギリスがEUにとどまっていたら、イギリスが望むような改革を実現することは決してできなかったということだ。ヨーロッパ統合の「プロジェクト」が、EU加盟各国の主権と引き換えにEU本部の権限を強化しようという従来のやり方を変えようとする気配は全く見えない。

僕は、ドナルド・トゥスクEU大統領がローマ条約調印60周年の式典で語った次の言葉が気になった。


政治体としてのヨーロッパは、統合されるか、さもなければ存在しないかのどちらかだ。世界との関係において、統合されたヨーロッパのみが、主権を有するヨーロッパとして成立し得るのだ。

ブレグジットの交渉において、EUが努めてイギリス側の状況を難しくしようとしているのは、すでに明白だ。離脱するイギリスに罰を与える、というほどではないものの、ブレグジットという民主的な決断をしたイギリス国民と、そんな国民投票を許したイギリス政府に対して、EU本部がいら立っているのは間違いない。

【参考記事】イギリスとEU、泥沼「離婚」交渉の焦点

高い理想を説くクラブなのに

EUがこんな態度を取る最大の目的は、ほかの加盟国の離脱を阻止することだ。今のところ、加盟国の多くの国民は、EU加盟の犠牲よりも恩恵のほうが大きいと考えているからこそ、EUを受け入れている。もしもイギリスが良い条件で離脱することができるとしたら、きっとほかの国も後に続くだろう(だからこそEUは、EUのルールには従わずに単一市場へのアクセスを得ることはあり得ないと強硬に主張している)。

EUは繰り返し、その高い理想を説いている。平和、繁栄、自由――。でも、脱退したいメンバーを罰し、ほかのメンバーには抜けないよう脅しをかけるようなクラブがはたして高潔なものなのか、疑問を感じずにいられない。

僕はそれでも、EUが気高い態度で交渉を続け、離脱するイギリスと双方に有益となるような関係を築いてほしいと思う。でも、そうなるとは期待していない。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は小反発、クリスマスで薄商い 値幅1

ビジネス

米当局が欠陥調査、テスラ「モデル3」の緊急ドアロッ

ワールド

米東部4州の知事、洋上風力発電事業停止の撤回求める

ワールド

24年の羽田衝突事故、運輸安全委が異例の2回目経過
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 7
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story