コラム

イギリス人なのに僕が犬を大嫌いな理由

2014年03月26日(水)15時28分

 イギリス人は動物好きで知られている。だから、僕が犬を大嫌いなのを驚かれることがある。日本にいた時は、僕の犬嫌いレベルは少し低くなったけれど、今はかつてないほど高い。

 これは思うに日本に長年いた間も、犬と出会って不快な思いをしたことが1度もなかったからだろう。ここイギリスでは不愉快なことだらけ。1日に2回もそんな目にあったり、ある時は、たった1分間で2匹の犬に嫌な気持にさせられた。

 僕はランニングが好きで、公園や田舎道をよく走る。これをイギリスでやると、犬がよくやって来る。まとわりついて飛び掛かってきたり、ほえながら追い掛けてきたりする。うなりながら道をふさぐこともある。最近では僕が友人と公園を歩いていると、大型犬のロットワイラーが友人のお尻にかみつこうとした(幸運にも難を逃れたが)。

 こんなことが起きても、犬を連れた人間は「遊んでいるだけ」「かみません」「パクっとやっただけ」などと、あらゆる弁解をする。そして犬を呼び戻して終わりだ(飼い主が謝る場合も、そうでない場合もある)。僕の足首を狙う小さな犬をかわそうとしていると、「そんなふうに動くとかみつきますよ!」と脅されたこともある。公園で僕のバッグにおしっこをひっかけられた時は、飼い主から「すみません。でも私もどうしようもなくて......」と言われてしまった。

 犬が敵意むきだしに追い掛けてきたので飼い主の女性に文句を言ったら、「吠えているだけよ」と返された。僕は思わずナイフを振りかざし、金切り声をあげて彼女に突進し、その後で何事もなかったように、「刺さなかったから問題ないでしょ?」と言う場面を想像してしまった。ある飼い主には、犬には牙があるからたとえ小型犬でも追い掛けられたくないと伝えたら、「くそったれ」呼ばわりされた(5分後にその犬は、ある家族がピクニックで広げた食べ物に乱入していた)。

 僕と犬の話をこんなに聞かされて、みなさんはうんざりしているだろう。それにもう、問題は飼い主にあることにお気付きだと思う。犬は極めて社会的な動物なので、飼い主に従い、的確な(あるいは的確でない)訓練どおりの反応をする。つまりイギリスの犬は飼い主の反社会性と、無責任さを映し出すことが多いのだ。

■飼い主に終身刑が下されるケースも?

 イギリスでは市民の武器の携帯は禁じられているが、(いくつかの犬種を除いて)犬は自由に所有できる。だから攻撃的な犬を武器の代わりにする人間もかなり多い。僕が住むエセックス州では、危険な犬を飼うのが男らしさの象徴とされている。例えばロットワイラーとブルテリアは、その獰猛なイメージのおかげで人気がある。

 一方で、ホームレスや生活困窮者のような弱者は、自衛のために(そしてたぶん話し相手として)ブルテリアを飼う。田舎町にある屋敷でも、ロットワイラーやジャーマンシェパードが番犬を務めていたりする。僕の両親が住む村には、家の前を歩く人間に激しくほえかかる犬がいる。飼い主が門を閉め忘れたり、犬が脱出方法を考え出したりしたら、とんでもないことになるのではないかと不安だ。

 もっとも迷惑な犬は、飼い主が意図的にそう育てているわけではない。十分なしつけをせず、公園で引き綱を外し、他人を襲わなければ何をしてもいいと考えた結果だ。僕は、「遊び好き」の犬に飛び掛かられておびえる子供たちを見てきた。飼い主はたいてい笑ってすませるか、犬には悪気がないと説明する。

 もちろん大半の飼い主は責任感があり、大半の犬は危険ではない。問題は攻撃的な犬が数多くいることで、つながれていない犬が危険か危険でないかを判断しにくいことだ。飼い主を見れば犬のことは大体分かると、僕は思っていた。でも、恐ろしい容貌の犬に口輪をはめ、鎖でつないでいたのはみすぼらしい服を着た失業者だったし、僕の友人の尻にかみつこうとした犬を連れていたのは、身なりのいい中年カップルだった。

 犬にかまれて病院に行く人は年間約6000人。しかも、この十年で急増中だ。犬が起こす事件は推定年間21万件で、痛ましいことに盲導犬が殺されることも多いと聞く

 そしてついに、政治も動き出したようだ。人を襲って殺害した犬の飼い主に、終身刑を含む厳罰を科す新たな法案が提出されたのだ。危険運転で人の命を奪った者に、終身刑の判決が下されることがあるのと同じだ。現行法では、最高2年の禁錮刑でしかない。新法案では盲導犬(訓練に費用が掛かり飼い主の生活には欠かせない存在だ)を殺した犬の飼い主にも、厳しい罰則を求めている。

 僕はこの法律が成立することを願っている。それだけでなく、イギリス人がもっと立派な飼い主になることを願っている。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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