コラム

SOSバスで「酔っ払いイギリス」を救え

2014年03月04日(火)16時22分

 ある日の夜遅く、歩いて帰宅する途中に、通りにテーブルを出してペットボトルの水を配っている人たちを見つけた。試供品を配るにしては遅い時間だったから、僕はちょっと気になった。結局それは、酔っ払った人たちがひどい脱水症状に陥るのを防ぐためのボランティア活動だと分かった。

 彼らは、大量の飲酒が人体に与える影響を和らげようと熱心に活動している。それがいいのか悪いのか、僕にはよく分からなかった。アルコールや薬物の問題を抱える人を手助けしたいと思う人(特に家族や友人)が、自らの行動が招く結果から本人たちを隔離することで、悪習を続ける「手助け」をしてしまうことがある。それでも僕を含めて大多数の人が、そうした手助けをまったく悪いものだとは思っていない。

 ボランティアは「SOSバス」という団体で、週末の夜や大きなイベント(クリスマスや新年など)の夜に街の目抜き通りにバスを停めている。彼らは水を配るだけでなく、酔いつぶれたり、けんかをしたりした人に医療手当を行う。コンドームを配ることもある。人は酔っ払うと、予想外のセックスをする可能性がずっと高くなるからだ。クラミジアの検査キットも配る。街中で酔っぱらっているような人は感染しているかもしれず、誰かを感染させる危険もあるからだ。

 こうしたボランティア活動のおかげで、救急車の出動回数が減り、病院の緊急治療室に担ぎ込まれる人が減っているのはまず間違いない。STD(性感染症)や計画外の妊娠も減っているだろう。これによって該当する個人が助かるだけでなく、納税者の負担も軽減されている。

 2年前、エセックス州コルチェスターのSOSバスがドキュメンタリー番組の題材になったが、これに地元住民は腹を立てた。ボランティアの人々に共感する中身だったものの、数日間で起きたことを一夜の出来事のように描写し、「劇的に表現していた」からだ。それにナレーターは、コルチェスターを「イングランドでも最高に大酒飲みの街」と呼んだ。

 ちょっと大げさに表現した製作陣も悪かったかもしれないが、僕が思うに、コルチェスターへの侮辱だと怒った人々は現実から目を背けている。

■乱痴気騒ぎを撮られても平気な若者たち

 実際のところ、イングランドのあちこちの街と同じく、週末のコルチェスターは酔っ払った若い男女であふれている。街の中心部に住んでいる僕は、彼らの騒ぎをよく目撃する。平均して週末に1回、一晩に2、3回ということもあるが、カップルが僕の家の前で口論している。まったく訳の分からない酔っぱらいのけんかだ。うちの玄関前の階段に座って休憩する人もいる。僕が不在の間に、排水管がなくなっていたこともある(当然ながら僕も近所の人も、通りすがりの酔っ払いが理由もなくもぎ取って行ったのだろうと考えた)。

 もし僕が1人で街を歩いていたら、若い男性のグループから何か言われる確率は五分五分だ(普通は上品な言葉ではなく、こちらの反応を期待したものだ)。通りで小便をしたり、吐いている人もたくさん見かける。

 たいていのけんかは酔っぱらった若い男同士が起こすし、彼らは何か口実がなければ、同年代以外の人にけんかを吹っかけることはほとんどない。だから読者が考えるほど危険ではない。それでも落ち着かないのは確かだから、30代以上の人や分別のある人は、週末には街の中心にあるパブには近付かない。

 乱痴気騒ぎをテレビで放映されたら若者だって恥ずかしいだろう、と思うかもしれない。でも実際はかえって調子に乗るようだ。過去10年ほど、その手のドキュメンタリー番組がたくさん作られてきた(「Party Paramedics(パーティー救急医療隊<注意:この動画には暴力的な言葉や映像が含まれます>」という番組や「Binge Drink Britain(大酒飲みのイギリス)」などだ)。若者たちはこうした番組を見てもおかしいと思わず、「これぞイギリス人の行動だ」「通過儀礼だ」といった結論に達するようだ。

 最近、僕の家の近くのナイトクラブでドキュメンタリー番組が撮影されたが、カメラがあると若者たちがますます騒ぐことが分かった。べろべろになってカメラに突っ込んでいったり、飲み物を振り回したり、大声で歌ったり――。

 僕も友人も若い頃はたくさん酒を飲んで、おかしなこともしたし、時には恥ずかしいこともした。でも間違いなく今のほうがひどい。飲む量が増えたし(特に女性)、パブの営業時間は長くなり、酩酊が普通のことになっている。酔って意識をなくしたって恥ずかしくもないようだ(その時は概して、男は「すげえ奴」とみられ、女は「お気の毒」と思われる)。

 SOSバスはいいアイデアかもしれないし、そうでないかもしれない。でも現代イングランドを象徴する存在だ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国こそが「真の脅威」、台湾が中国外相のミュンヘン

ワールド

米中「デカップリング論」に警鐘、中国外相がミュンヘ

ビジネス

ウォルマート決算や経済指標に注目、「AIの負の影響

ワールド

ドバイ港湾DPワールドのトップ辞任、「エプスタイン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発される中国のスパイ、今度はギリシャで御用
  • 2
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」でソフトウェア株総崩れの中、投資マネーの新潮流は?
  • 3
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活動する動画に世界中のネット民から賞賛の声
  • 4
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 5
    それで街を歩いて大丈夫? 米モデル、「目のやり場に…
  • 6
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 7
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 8
    川崎が「次世代都市モデルの世界的ベンチマーク」に─…
  • 9
    【インタビュー】「4回転の神」イリヤ・マリニンが語…
  • 10
    機内の通路を這い回る男性客...閉ざされた空間での「…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
  • 6
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 7
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 8
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 9
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 10
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story