コラム

ニューヨーク救急通報ボタン体験記

2010年06月28日(月)12時47分

 これまでは、単なる路上の設置物だとしか思っていなかった----人々が携帯電話などまだ持っていなくて、ニューヨークの治安が本当に深刻だった時代の、遠い昔の遺物だ、と。

 長い間大事に使うため、物が丈夫に作られていた時代の思い出として、それが街頭に残されているのはいいことだと思っていた。(残念ながら今では数も減り、ほとんどがプラスチック製のつまらない形に代えられてしまっているロンドンの旧式電話ボックスをつい思い出してしまう。それから、今もイギリスのあちこちに残る精巧な美しい作りの鉄製ポストのことも思い浮かぶ)

 でも僕は、ニューヨークのあちこちに設置されている救急通報装置が、今でも稼働中だなんて考えもしなかった。そしてある日、僕がそれを使う羽目になることも。

c_020610.jpg

 僕が夜遅くにブルックリンの3番街を歩いて帰宅する途中、路上にうつぶせに寝転んでいる男性を見つけた。好きでそんなことをしているようには見えなかったが、僕が話し掛けても反応がない。叫んでみてもやっぱり反応はない。

 酔っ払っているかドラッグをやっているかだろうと思ったので、体に触れるのは避けたかった。強盗か暴漢だと勘違いされたら困るからだ。さらに運悪く、僕の携帯はバッテリー切れになっていた。3番街はあまり人通りもないから、夜のそんな時間に相談できる人も通らない。

 でもまさにその時、まるで魔法のように、古めかしい赤の通報装置が目に飛び込んできた。ボタンを押したらすぐにオペレーターにつながった(電波はひどい状態だったが)。僕は状況を説明し、場所を告げ、かたわらに腰掛けて助けが到着するのを待った。

 その後の対応は心強いものだった。4分かそこらで消防車が到着し(レッドフック消防署はすぐ近くにある)、その2分後に救急車が出動してきた。言うならば、最も近くの救急要員と最も適任の救急要員が直ちに派遣されてきたわけだ。

 その男性は起こされ、救急車に乗せられた。ひどく混乱して震えているようだった。今となってはおそらく彼は、コンクリートの上で冷たい夜を明かさずにすんで僕に感謝していることだろう。あるいは、酔っ払ってちょっと寝たかっただけなのに病院に担ぎ込まれて胃洗浄を受ける羽目になり、僕を呪っているかもしれない。

 僕には知るよしもない。でも少なくとも、ニューヨークの救急隊がなかなかデキる奴らだというのはよくわかった。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

定数削減での解散、「普通考えにくい」=高市首相

ビジネス

トランプ・メディア、第3四半期は損失拡大 SNS頼

ワールド

米航空便の欠航・遅延が悪化、運輸長官は感謝祭前の運

ビジネス

景気動向一致指数9月は1.8ポイント上昇、3カ月ぶ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 2
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 9
    「爆発の瞬間、炎の中に消えた」...UPS機墜落映像が…
  • 10
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story