コラム

「セレブの目撃話」に興味ある?

2010年01月07日(木)14時40分

 僕が最もよく聞かれる質問は「ニューヨークの暮らしってどう?」というものだ。その次には、たいていこう聞かれる。「で、誰かセレブを見かけた?」

 第1の質問はあまりに漠然としていて、どう答えていいか分からない。2番目の質問は具体的だが、そんな話が面白いのかどうか分からない。もっとも多くの人が同じ質問をする----ニューヨーカーも互いに同じことを聞き合う----ということは、きっと読者も知りたいのだろう。僕が出合ったセレブたちを紹介しよう。

「セレブの目撃」にもランクがある。例えば、コンサートでポール・サイモンを見かけたとしても、それほど評価は高くないだろう。コンサートのためにカネを払っているし、同時に2万人が彼を見ている。同様に、本のサイン会の話をしても感心されない。

 セントラル・パークでウディ・アレンを見た、ということなら悪くない。ただしアレンは50年以上もニューヨークに住んでいて、「アレンの目撃話」を持っている人はたくさんいる。それよりも、有名人(リーアム・ニーソンとか)が自分の家の近くに住んでいて、よく地元のデリで見かけるなんて話がいい。重要なのは、「さりげなく」話すこと。「そうだね。ときどきリーアムがベーグルを買っているのを見かけるよ」という具合だ(親しげにファーストネームを使うのがコツ)。ちょっとしたおまけ話を付けると盛り上がる。「そうそう、オリーブに100ドルも使っていたよ」

「セレブ目撃」に関しては、僕は幸先のよいスタートを切った。97年に初めてニューヨークを訪れた日に、ミッドタウンでジョン・F・ケネディJr.と妻のキャロリン・ベセットとすれ違った。僕は平静を装い、ニューヨークではこんなことは日常茶飯事なのだろうと思った。一緒に歩いていた同僚は気付かなかったため、どうして教えてくれなかったのかと怒った。

でも、伝える必要はなかった。その10分後、僕らが予約していたレストランで、ケネディJr.夫妻が近くの席に座ることになったからだ。おしゃべりな同僚が「ケネディJr.夫妻を厨房の入り口のすぐ近くに座らせるなんて信じられない。一番悪い席だよ」と大声で話していたそのすぐ後ろにキャロリンが立っていたときは、本当に恥ずかしかった(実際には彼女は聞こえなかったか、聞こえても無視をする気品があった)。

 それから次の「目撃」まで12年の間があいた。
 
 2年半前に再びニューヨークに住み始めた当初、僕にもチャンスはあった。ブルックリンでヒース・レジャーの家から5分くらいのところに住んでいたのだ。「時の人」でもある有名人がマンハッタンではなく、ブックリンに住むのは一大事だ。住民たちは、ブルックリンが新たなホットスポットとなり、不動産の価値が上昇し、もっと多くのセレブが移り住むことを期待した。だがレジャーは07年にガールフレンドと別れると、マンハッタンに戻っていった。そして、死んでしまった。いずれにせよ、僕が彼の姿を見かけたことは1度もない。

 だがついに、僕にもそのときがやって来た。数週間前、近所のプロスペクト・パークを走っているときのことだ。僕は自分でもなかなかのランナーだと思うが、ある男が僕を追い越し、すぐに姿が見えなくなった。しばらくすると、その男はまた後ろからやってきて、ものすごいスピードで僕を追い越していった。彼の名はマルコム・グラッドウェル。見分けるのは簡単だ。何せ髪型が独特なのだ(1年に1回しか散髪しないにちがいない)。

グラッドウェルはイギリス生まれのカナダ人で、とても興味深い作家だ。ニューヨーカー誌の記者として活躍し、彼が書いた『ティッピング・ポイント』は世界中でベストセラーになった。最新作では100万ドル以上の原稿料を前払いで受け取ったといわれている。

 僕の2回のセレブとの遭遇がどちらもジャーナリズムがらみだったとは、なんと奇妙な偶然だろう。グラッドウェルは恐らくニューヨークで最も著名なプリントジャーナリストだ。ケネディJr.も「ジョージ」という雑誌を発行していた。男性向けの政治誌を作ろうという試みは崇高だったものの、成功には至らなかったが(ケネディJr.が自ら切り開いた「雑誌の発行人」という職業ではなく、彼自身が求めたわけではない「ケネディ家のプリンス」として人々に記憶されていることが、僕には悔しい)。

 僕自身ジャーナリストとして、他のジャーナリストにはいつも興味を抱いてきた。ケネディJr.とグラッドウェルは、僕がインタビューしてみたいニューヨーカーの筆頭ともいえる。

 実は、僕が遭遇したニューヨークのセレブは3人いる。もう1人もジャーナリストのようなものだ。ロンドンのポートベロー・ロードで、「ゴーカー・ドットコム」の創設者ニック・デントンを見かけたのだ。デントンはイギリス人だが、ニューヨークのソーホーに住んでいる。ニュースやゴシップを報じる「ゴーカー」は、今や大成功を収めているサイトだ。

その中にある「ゴーカー・ストーカー」というコーナーでは、人々が街で見かけたセレブをリアルタイムで報告できる。もっとも、僕は読んだことはない。女優のメアリー・ケイト・オルソンがいつどこでコーヒーを飲んでいようが、そんなことはどうでもいい。何しろ僕は、個人的に興味のある人たちに出会う運命の持ち主なのだから!

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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