コラム

イギリスの半数はEU離脱を望んでいないのに、なぜジョンソンが大勝したのか

2019年12月16日(月)17時50分

このドタバタ劇は、People's Voteに影響を与え、有権者を混乱させてしまった。再度、結集を確認し、効果的な戦略を立て直し、実行に移すのが遅れてしまった。そんな時、ジョンソン首相が主張する「早期の総選挙」が実現してしまったのだった。

デニス・マックシェーン元労働大臣(労働党)は語る。「2大政党のうち一つが支持してくれなければ、このようなプロジェクトは達成できないのです」。

たとえ大きな団体であろうとも、国民の支持を得ていようとも、大政党のバックアップや支持を得られなければ、実際の政治に反映させることは難しいのだ。

それでも、昔から存在する大きな団体であれば、政治とのあらゆる形のパイプが縦横に存在している。団体の意見を政治に反映させるシステムが、制度として定められている場合もある。

でもPeople's Voteは新しい団体である。まだそのような術はもっていなかった。だからこそ、よけいに大政党のバックアップが必須だったのだ。

さらに元労働大臣は付け加える。「残留派では、報道担当に十分カリスマ性のある人物がいませんでした」。

イギリス政治世界の特殊性

それならば、なぜ労働党は態度を明確にしなかったのか。

保守党のほうは、選挙キャンペーンで「Get Brexit Done!」(ブレグジットを成し遂げる!)で団結しているように見えた。しかし、保守党も最初から一枚岩で、態度が明確だったわけではない。党内に残留派、強硬離脱派、穏健離脱派などがごちゃまぜになっていた。

しかしジョンソン首相は、下院の投票では党議拘束をかけて、自分の政策に反対する人を除名すると脅し、本当に実行に移した。メイ前首相は、こんなことはしなかった。こうして、EU残留派、あるいはジョンソン首相のやり方に反対する21人の議員が保守党を去った。

しかし大半の残留派の議員は、「保守党公認」を失うのを恐れて黙って従った。あっちだこっちだとうろうろ迷っている議員も、首相に従った。ジョンソン首相のこのやり方を、優れた剛腕と見るか、極右的と見るか。

一方、労働党のコービン党首は二つに引き裂かれて、結局どっちつかずの中立を選んだ。

このイギリスの状況は、欧州大陸の他のEU加盟国と比較すると、鮮明に見えてくるものがある。

EU(欧州連合)は、中道(穏健)右派と左派の政党が創り上げてきたものだ。どちらも、国の中核と多数派を担う勢力である。彼らがEUの存在と加盟を疑うことはない。

近年では、EUという存在に懐疑的だったり反対だったりするのは、極右と極左の政党という傾向が顕著になっている。逆に言えば、EUという存在そのもの、加盟国であることそのものに懐疑的になるのなら、もう「中道」「穏健」は名乗れないと思って良い(EUの政策や機構のあり方に不満を唱え、改革を唱えるのは構わない)。日本人にはわかりにくいが、日本で「国連脱退」を唱える党が出てきたらどう思うかを想像してみると近いだろう。

プロフィール

今井佐緒里

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出合い、EUが変えゆく世界、平等と自由。社会・文化・国際関係等を中心に執筆。ソルボンヌ大学(Paris 3)大学院国際関係・ヨーロッパ研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。編著に「ニッポンの評判 世界17カ国最新レポート」(新潮社)、欧州の章編著に「世界が感嘆する日本人~海外メディアが報じた大震災後のニッポン」「世界で広がる脱原発」(宝島社)、連載「マリアンヌ時評」(フランス・ニュースダイジェスト)等。フランス政府組織で通訳。早稲田大学哲学科卒。出版社の編集者出身。 仏英語翻訳。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story