コラム

イギリスの半数はEU離脱を望んでいないのに、なぜジョンソンが大勝したのか

2019年12月16日(月)17時50分

それほどEUは、あるのが当たり前、加盟しているのが当たり前になってきている。だから、それを疑うものは、極右であり極左とみなされる傾向が、どんどん強まってきているのだ。

例えば西欧の国の中では、フランスやスペイン、ドイツなどで、中道左派と極左の棲み分けができている。

でも、イギリスはそういう状況ではなく、両者が混ざっている。政策も、支持者も混ざっている。これが労働党がEUに対する姿勢を明確にできなかった、最大の原因である。

コービン党首のマニフェストには、穏健な社会主義的政策(中道左派的)と、マルクス主義的な政策(極左的)が混ざっていた。前者は、子育て世帯支援、無料の大学教育、高齢者への支給増、公的セクターの賃上げや法人増税など、後者は鉄道、発電、郵便等の国有化などが挙げられる。

確かに、欧州では極左政党が力を伸ばしてきているが、西欧において政権党になることはないと思う。イギリスでは労働党がこのように極左に傾いて、中道左派政党が不在であった。

(なぜイギリスでは中道左派と極左の棲み分けができていないのか、その理由の考察は、別の機会に譲る)。

それでも今回、労働党が32.1%もの得票率を得たのは、逆にびっくりである。EU残留派だけではなく、この中には相当数「反ジョンソン」が混ざっていたのではないか。

元保守党のニック・ボウルズ下院議員は、今回の総選挙について「嘘をつかずにいられない嘘つき」と、「全体主義者」のどちらかを選ばなくてはならない、「とんでもない二者択一」だと言った。イギリス人の民度の高さを思えば、「嘘つきより、全体主義者のほうがマシ」と思った人達がいたと想像するのは、外れていないと思う。

決められない政治の罪

人々はジョンソン首相のいう「One nation(一つの国民・国家)」を選択した。EUという敵をつくり、EU離脱という目標のもとに、約3年もの間ブレグジット問題で引き裂かれてしまったこの国を統一する――というイメージを創り上げるのに成功したのだ。人々は疲れ果てていたのだ。

キャンペーンは、国民投票の際は、嘘の数字が書かれた、2階建ての巨大な赤いバスだった。今度はブルトーザーを使って、発泡スチロールの壁を壊してみせた。どこの広告代理店がこの演出を担当したのか、ぜひ知りたいものだ。

今後はジョンソン首相が勝利したのは、One nationのためか、それとも本当に人々が離脱を望んだためか、果てしない論争が始まるだろう。スコットランド独立の要求が強くなると、罵り合いにさえなるかもしれない。

労働党のほうは、この惨敗はマニフェストに掲げた政策のせいだったのか、色々と態度を明確にできなかったコービン党首のせいだったのか。党そのものが打撃から容易に立ち直れないと、こちらも惨状になるかもしれない。

国が、命運を左右する大きな選択を迫られ、国民の意見が二分する状態にあるときには、何百人もの議員が集まって議論で決める議院内閣制は難しい。国民自身が投票で選んだリーダーに選択を託すアメリカやフランスのような大統領制のほうが適している。

政治の場で真に何かを決めないといけない瞬間において、決められない政治がどういう結果を招いたか。そのせいで、全国民の約半数が支持する主張の一大運動が、大政党のバックアップが得ることができないために、どういう終わりを迎えたか――これが結末であった。

とまれ、「小泉劇場」の何十倍もスケールの大きい「ブレグジット民主主義劇場」は、こうして
一つの幕を下ろしたのだった。

<参考記事>さようなら、イギリス。EUは27カ国に。なぜこうなった?5つの理由(ブレグジット)   

20191224issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

12月24日号(12月17日発売)は「首脳の成績表」特集。「ガキ大将」トランプは落第? 安倍外交の得点は? プーチン、文在寅、ボリス・ジョンソン、習近平は?――世界の首脳を査定し、その能力と資質から国際情勢を読み解く特集です。

プロフィール

今井佐緒里

フランス・パリ在住。個人ページは「欧州とEU そしてこの世界のものがたり」異文明の出会い、平等と自由、グローバル化と日本の国際化がテーマ。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使インタビュー記事も担当(〜18年)。ヤフーオーサー・個人・エキスパート(2017〜2025年3月)。編著『ニッポンの評判 世界17カ国レポート』新潮社、欧州の章編著『世界で広がる脱原発』宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省庁の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日米合意、法的拘束力のある国際約束ではない=赤沢再

ビジネス

午前の日経平均は続落、米景気懸念で一時4万円割れ 

ワールド

ロシア、8月にガソリン不足の可能性 輸出禁止でも=

ワールド

ゴールドマン、ブレント原油見通し据え置き 振れ幅リ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    メーガンとキャサリン、それぞれに向けていたエリザベス女王の「表情の違い」が大きな話題に
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    オーランド・ブルームの「血液浄化」報告が物議...マ…
  • 5
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 6
    ハムストリングスは「体重」を求めていた...神が「脚…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 9
    すでに日英は事実上の「同盟関係」にある...イギリス…
  • 10
    自分を追い抜いた選手の頭を「バトンで殴打」...起訴…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 5
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 6
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 7
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 8
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 9
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 10
    オーランド・ブルームの「血液浄化」報告が物議...マ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story