コラム

『鬼滅の刃』のイスラム教「音声使用」が完全アウトの理由

2019年12月05日(木)15時45分

『鬼滅の刃』公式ポータルサイト kimetsu.com

<サウンドトラックにイスラム教礼拝を呼び掛ける「アザーン」の音声を使用した日本のアニメ制作会社が出荷停止・回収の事態に>

テレビアニメ『鬼滅の刃』のブルーレイおよびDVD第4巻の出荷停止・回収を、制作会社アニプレックスが発表した。特典CDに「イスラム教に関わる音声の不適切な使用があったことが判明」したためだという。

問題となったサウンドトラックを聞いてみた。完全にアウトである。

理由を説明しよう。第1に、「イスラム教に関わる音声」とされているものは、実際にはアザーンというイスラム教の礼拝を呼び掛ける「声」である。

イスラム教の古典教義は楽器演奏や歌を禁じている。預言者ムハンマドがかつて信者に対し、タンバリンをたたいたり歌ったりする少女の元から去るよう命じた、など音楽を禁じる主旨の伝承(ハディース)が多く残されているためだ。ハディースはイスラム教において、啓典『コーラン』に次ぐ第2の法源とされている。

イスラム教の宗教儀礼に深く関わるアザーンを「音源」と見なし、イスラム教で禁じられた音楽にミックスするという行為は、イスラム教の論理においては明らかに神への冒瀆である。

第2に、アザーンにはイスラム教徒に義務付けられた5つの儀礼行為(五行)の第1に挙げられる「信仰告白」の言葉が含まれている。信仰告白は教義の根幹を端的に表現した句であり、イスラム教徒は礼拝のたびにこれを唱える。異教徒がイスラム教に入信する際に唱える句でもある。

問題のサウンドトラックは、この信仰告白の文句をランダムに切り取りミックスしていた。これも明らかな冒瀆行為である。

ツイッターでこの問題を指摘したアラビア語の投稿には、「知らずにやったとは考え難い。われわれは許す必要などない」「アザーンという聖なるものを音楽と混ぜ合わせる行為は許し難い」といった怒りのコメントが、さまざまな言語で書き込まれている。

「『ノラガミ』のときと同じ過ちだ」と、2015年に『ノラガミ』という別のアニメ作品でもアザーンが使われて問題になったことを指摘する書き込みもあった。

「神の法」に触れて起きた事件

制作会社は、「当該箇所は市販の音声素材を使用して制作した」と法的問題はない旨を強調している。しかしこれは、あくまでもわれわれの価値観である。

世界に16億人いるイスラム教徒は、われわれが通常「法」と認識する人間が定めた「人の法」とは別に、神が『コーラン』の啓示を通して定めた「神の法」に従うことを義務だと信じている。アザーンの不適切使用は神の法を犯したと見なされたのだ。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国国会、対米投資の特別委員会を設置 関連法を迅速

ビジネス

英ナットウエスト、エブリン・パートナーズ買収 36

ビジネス

インドネシア、市場急落受けMSCIと週内会合 取り

ワールド

モスクワの軍高官銃撃、容疑者がウクライナ関与認める
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 2
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日本をどうしたいのか
  • 3
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予防のために、絶対にしてはいけないこととは?
  • 4
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 5
    韓国映画『しあわせな選択』 ニューズウィーク日本…
  • 6
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 7
    背中を制する者が身体を制する...関節と腱を壊さない…
  • 8
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 9
    「右足全体が食われた」...突如ビーチに現れたサメが…
  • 10
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予防のために、絶対にしてはいけないこととは?
  • 4
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 5
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 6
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 7
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 8
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 9
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 10
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 6
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 7
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 8
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 9
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story