コラム

「騙されるAI」0.001%の誤情報の混入で誤った回答を導く巨大な罠

2025年05月05日(月)10時46分

さらに悪いことに、医療用LLMを調査した結果、学習データに0.001%程度の誤情報が混入しただけで誤った回答をするようになることがわかった。

これは100億のデータに対して10の誤データ、1,000億のデータに対して100の誤データを混入さしていると誤った答えを出すことを意味する。やろうと思えばコストパフォーマンス高く汚染を実行し、AIを騙すことができる。AIは誤情報にきわめて脆弱、人間よりもはるかに騙されやすいと言える。

誤情報に脆弱であるというAIの弱点を利用して、自国に都合のよいプロパガンダを大量にネットに拡散し、人々がAIに質問した際、プロパガンダを答えるように仕向けるのがLLMグルーミングと呼ばれる手法だ。

近年、このLLMグルーミングが広がっており、よく使用されている主要なAIのほとんどが特定のテーマについてロシアのプロパガンダに影響された回答を行うようになっている。


この傾向は特にロシア語で質問した際、顕著に表れる。

たとえば、アメリカのNewsGuard社が昨年行った調査によると、ChatGPT-4やClaudeなどトップ10の主要AIチャットボットにそれぞれ57のプロンプトでテストした結果、32%の回答がロシアの偽情報に関係する内容を答えることが判明した。

また、AIに対して、クリミアの帰属について訊ねたところロシア語での質問には「ロシア」と答え、ウクライナ語での質問には「ウクライナ」と答えた。

さらに台湾についても同様でプロンプト次第で、簡体字には中国、繁体字には台湾と答えたことが、「This Land is Your, My Land: Evaluating Geopolitical Bias in Language Models through Territorial Disputes」という論文で確認されている。

AIがLLMグルーミングによって「騙されて」しまう背景には、ロシアの仕掛けた巨大な罠がある。ロシアは多数のWEBサイト、SNSアカウントなどを通じて親露的なプロパガンダを拡散するPravdaネットワークを構築していた。

Pravdaネットワークは80以上の地域と国に広がっており、それぞれの国の言語に自動翻訳されている。日本語もターゲットになっている。Wikipediaも汚染されており、44の言語、1,672ページの1,907のハイパーリンクが162のPravdaネットワークのWEBにつながっていた。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル、ガザ攻撃拡大計画を承認 全域制圧を視野

ワールド

インドネシア、第1四半期成長率は約3年ぶり低水準 

ワールド

インド、パキスタンからの輸入や船舶入港禁止 観光客

ワールド

韓国大統領選、与党候補に金前雇用相 韓前首相も出馬
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1位はアメリカ、2位は意外にも
  • 3
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 4
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 5
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 6
    野球ボールより大きい...中国の病院を訪れた女性、「…
  • 7
    「2025年7月5日天体衝突説」拡散で意識に変化? JAX…
  • 8
    「すごく変な臭い」「顔がある」道端で発見した「謎…
  • 9
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 10
    背を向け逃げる男性をホッキョクグマが猛追...北極圏…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 3
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 9
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 10
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story