コラム

本気で匿名性を保つために留意すべきこと

2019年03月27日(水)15時30分

メタデータは忘れず消す

文書形式によっては、作成者や作成時間がメタデータとして残っていることがある。先に出てきたサトシ・ナカモトに関しても、有名なBitCoin論文のPDFメタデータに残っていたタイムゾーン情報から、住んでいる地域を特定しようという試みがあった。画像も、撮影場所や撮影者の情報がEXIFとして残っていることがある。こうしたものを消すウェブサービスなどもあるようだが、誰が運営しているか分からないので、やり方を調べて自分の手で削除したほうがよい。

文体から個性を抜く

ロバート・ガルブレイスと名乗るイギリスのミステリー作家がいた。2014年、この人の正体が実は「ハリー・ポッター」シリーズで有名なJ.K.ローリングだという情報が新聞社に寄せられ、この新聞社に委嘱された研究者がガルブレイスの小説の文体や語彙を計量的に検討したところ、ローリングと同一人物である可能性が極めて高いとされ、結局ローリングも認めるという事件があった。

無くて七癖というが、文章からは知らず知らずのうちに個性がにじみ出てしまうもので、自分しか使わない言い回しや単語が必ずある。それらを計量的に分析し、年齢や学歴など、文章の著者に関する情報を探るのがいわゆる法言語学(forensic linguistics)だが、コンピュータや機械学習の進歩と相まって、近年この分野の進展はめざましい、サンプルさえ十分にあれば、著者は大体分かってしまうようだ。とすれば、plausible deniabilityという意味では、誰でも書ける、無個性な文体を意識的に採用する必要がある。

といっても言うは易く行うは難しで、あくまでコツ程度のことしか私にも言えないのだが、まず重要なのは、できるだけ易しい語彙しか使わないということである。難しい語彙や漢字、フレーズは多くの場合他の人は使わないわけで、特定される可能性が高まる。また、英単語の綴りに英国式と米国式があるように、日本語でもある地域でしか使われていない言葉は多くあるので、特に注意しなければならない。

ことわざや故事成語、専門用語、スラング、そして特に略語は、著者が育った、あるいは今もその中で過ごしている文化と密接に関係するので、できるだけ避けたほうがよい。一文はできるだけ短くし、当て字、体言止め、間接話法、書き間違いなども特徴量となり得るので注意する。句読点や括弧の種類、段落の字下げ、箇条書きの見出しなども、普段使っているものとは変えたほうがよいだろう。具体的には、漢字は常用漢字のみ使い、表記等は自分の好みではなく共同通信社の「記者ハンドブック」に準拠するのが良いかと思う。

伝家の宝刀としての匿名性

私自身は、現在のインターネットには匿名性が足りず、そのことが情報の中央集権化に拍車を掛けてしまっていると感じており、ネットの標準的な仕組みとして、様々な形で匿名化技術を普及させていく必要があると考えている。一方で、匿名性というのは人間を無防備にするものなので、年がら年中匿名で書くのではなく、いわば「伝家の宝刀」として使ってもらいたいという気分もある。

これまで述べてきたように、実際に匿名性を保つのは容易ではなく、本気でやるなら偏執的な配慮が必要だ。ただ、伝家の宝刀である以上、それは優秀な情報機関等の追及にも耐えられるレベルの、真の匿名である必要があると私は思うのである。

ヤフー個人から転載

プロフィール

八田真行

1979年東京生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。一般財団法人知的財産研究所特別研究員を経て、現在駿河台大学経済経営学部准教授。専攻は経営組織論、経営情報論。Debian公式開発者、GNUプロジェクトメンバ、一般社団法人インターネットユーザー協会 (MIAU)発起人・幹事会員。Open Knowledge Foundation Japan発起人。共著に『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、『ソフトウェアの匠』(日経BP社)、共訳書に『海賊のジレンマ』(フィルムアート社)がある。

今、あなたにオススメ

キーワード

ニュース速報

ワールド

中国共産党機関誌、価格競争の取り締まり呼びかけ

ワールド

米政権の政策、日本の国益損なうものに妥協することな

ビジネス

ユニクロ、6月国内既存店売上高は前年比6.4%増 

ワールド

フォルドゥの核施設、米空爆で「深刻な被害」=イラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 8
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story