コラム

ウェブで社会を動かす? その強さと脆さ

2019年03月18日(月)15時30分

2011年、ウォール街で行われた「ウォール街を占拠せよ」運動。半年ほどで沈静化した。 REUTERS/Joshua Lott

<ネットが社会変革をもたらす、とはかねてから言われてきたが、ネット発の社会運動の実体について研究が進んでいる......>

一昔前、TwitterやFacebookを始めとするソーシャル・メディアが社会変革をもたらすのではないかと考えられていたことがあった。例えば、2011年前後には「アラブの春」が訪れ、長年鉄の支配を布いてきた中東の長期政権が次々と倒れていったが、その背景には、ソーシャル・メディアによる反政府運動の動員や組織化が影響したのではないかと言われていた(これには懐疑的な意見も多々ある)。

その後10年近く経って分かることは、ある意味当たり前かもしれないが、ウェブが社会を動かすこともあれば、動かさないこともあるということである。私の個人的関心事で言えば、アメリカにおいてやはり2011年に、SOPAPIPAという著作権保護を名目にしたネット検閲の法案を巡り、ネット活動家と著作権ロビーの間で熾烈な戦いが繰り広げられたのだが、結局SOPAもPIPAも廃案に追い込まれた。SOPAもPIPAも実に馬鹿げた代物だったので、潰れて当然と言う考え方もあるだろうが、一方2019年にもなって、EUでは同じくらい馬鹿げている著作権指令改正案が、もしかすると通ってしまうかもしれないという情勢になっている。静止画ダウンロード違法化を含む日本の著作権法改正案も、おそらくほとんど全ての専門家(別に知財に限らない)が批判し、当事者である漫画家や出版社も否定的で、ソーシャル・メディアでも活発に発信しているにも関わらず、政治論(?)とやらで危うく押し切られそうなところまで行った。今後どうなるかもまだ分からない。

また、近年のアメリカにおけるネット発の草の根政治運動として、オキュパイ運動ティーパーティ運動がよく挙げられるが、両者が辿った運命は対照的だ。オキュパイが事実上消滅、拡散したのに比べ、ティーパーティは変質しながらも、アメリカの政治にそれなりの影響力を保っている。

オンライン政治運動は、見かけの規模と内実の乖離が激しい

ウェブがらみに限らず、ある政治運動の成否の理由は、問題の種類、オーガナイザーの能力やカリスマ、資金力、あるいは単なる偶然など、いろいろ考えられるが、何か共通するポイントはあるのだろうか。2017年に出たトルコ出身のノースカロライナ大学教授、ゼイネップ・トゥフェックチー(Zeynep Tufekci)の著書「Twitter and Tear Gas」(邦訳「ツイッターと催涙ガス ネット時代の政治運動における強さと脆さ」Pヴァイン刊)が様々なヒントを与えてくれる。

81+WShMBWJL.jpg

ゼイネップ・トゥフェックチー「ツイッターと催涙ガス ネット時代の政治運動における強さと脆さ」Pヴァイン刊

研究者である一方、実際のデモ等の現場にも飛び込むトゥフェックチーの議論で面白いのは、シグナリングという話である。オスだけが大きくなる鹿の角は、生命維持という点では特に意味が無い装飾のようなものだが、立派な角を持つ鹿は、戦いに強く健康と見なされ、メスにアピールできる。本当は、角が大きいからといって別に強いとも健康とも限らないわけだが、そういうシグナルだと他の鹿に見なされているかどうかが問題なわけだ。

プロフィール

八田真行

1979年東京生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。一般財団法人知的財産研究所特別研究員を経て、現在駿河台大学経済経営学部准教授。専攻は経営組織論、経営情報論。Debian公式開発者、GNUプロジェクトメンバ、一般社団法人インターネットユーザー協会 (MIAU)発起人・幹事会員。Open Knowledge Foundation Japan発起人。共著に『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、『ソフトウェアの匠』(日経BP社)、共訳書に『海賊のジレンマ』(フィルムアート社)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米消費者信用リスク、Z世代中心に悪化 学生ローンが

ビジネス

米財務長官「ブラード氏と良い話し合い」、次期FRB

ワールド

米・カタール、防衛協力強化協定とりまとめ近い ルビ

ビジネス

TikTok巡り19日の首脳会談で最終合意=米財務
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story