コラム

本気で匿名性を保つために留意すべきこと

2019年03月27日(水)15時30分

inhauscreative -iStock

<匿名性を保つのは容易ではなく、本気でやるなら偏執的な配慮が必要だ。そして、その上で匿名を使う場合は、いわば「伝家の宝刀」として使ってもらいたい>

私はTorI2Pを始めとする、ネット上での身元を隠す匿名化技術に関心があり、開発したり実際に使ったりもしているが、一方私自身がオンラインで何か情報発信するときは、基本的に実名で通している。それは、幸か不幸か個人的には匿名で書く必要があまりないということもあるが、どちらかと言えば倫理というより自衛の問題である。なまじ匿名だと思うと心理的なガードが下がり、不用意なことを書きがちだからだ。

しかし、権力者の不正を内部告発する場合など、本当に匿名性が必要な局面というのもある。匿名化技術はまさにそういったケースのために開発されているのだが、それでもユーザの素性がばれてしまったことが無いわけではない。ただ私が知る限り、これまで技術的な欠陥のせいで素性が暴かれたというケースはほぼ皆無で、大体はうかつに知り合いに話したら通報されたとか(チェルシー・マニングのケース)、匿名投稿と他のところで実名で書いた投稿の間に何らかのつながりが見いだされたとか(ロス・ウルブリヒトのケース)、サーバの物理的な所在を隠す秘匿サービスのはずがウェブサイトのソースコードにIPアドレスが残っていたとか、ようするに人間側のミスであることが多い。セキュリティが鎖だとすれば最も弱い環は人間、とよく言われるが、全くその通りである。

匿名化技術の詳細については稿を改めてまた書こうと思うが、今回は技術はともかく、書き方や振る舞い方のレベルで、人間が匿名性を保つために留意すべきことは何か、ざっと思いつくことをまとめてみた。

基本はplausible deniability

匿名性を保つには、plausible deniabilityを高めるにはどうしたらよいか、ということを常に考える必要がある。

plausible deniabilityはもっともらしい否認と訳されるようで、Wikipediaを見ると私が思っていたのとはやや違った意味で使われることが多いようだが、ここで言うplausible deniabilityというのは単純な話で、「自分以外の人がやった可能性が否定できない」ということだ。

例えばある文章があったとして、その文章はお前が書いたのだろうと疑われたとしても、他人でも書ける内容であり、自分が書いたという決め手がなければ、あなたとその文章の間に関係があることを立証することはできない。もちろん、その情報を知り得たのが世界中であなたしかいないとか、あなた以外の知り得た人々には強力なアリバイがある、という場合にはplausible deniabilityが成立しないので、注意が必要である。そもそも、本当に匿名性を保ちたければ、匿名化技術を使っていると公言すべきではない。それだけで絞り込まれてしまうからだ。

プロフィール

八田真行

1979年東京生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。一般財団法人知的財産研究所特別研究員を経て、現在駿河台大学経済経営学部准教授。専攻は経営組織論、経営情報論。Debian公式開発者、GNUプロジェクトメンバ、一般社団法人インターネットユーザー協会 (MIAU)発起人・幹事会員。Open Knowledge Foundation Japan発起人。共著に『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、『ソフトウェアの匠』(日経BP社)、共訳書に『海賊のジレンマ』(フィルムアート社)がある。

今、あなたにオススメ

キーワード

ニュース速報

ワールド

中国国防相、「弱肉強食」による分断回避へ世界的な結

ビジネス

ブラックストーンとTPG、診断機器ホロジック買収に

ビジネス

パナソニック、アノードフリー技術で高容量EV電池の

ワールド

タイ、通貨バーツ高で輸出・観光に逆風の恐れ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story