コラム

アメリカで話題、意識高い系へのカウンター「贅沢品としての信念」(luxury beliefs)とは

2024年06月04日(火)16時30分
ロブ・ヘンダーソンのインスタグラム

ロブ・ヘンダーソンのインスタグラムより @robkhenderson

<昨今のいわゆるウォーキズム(日本の文脈に合わせると意識高い系とでも訳すべきか)へのカウンターとして「贅沢品としての信念」(luxury beliefs)という概念が話題だ。ようやく米国の右派が、左派と勝負できるだけのナラティヴを手に入れつつある......>

米国で「贅沢品としての信念」(luxury beliefs)という概念が話題になっている。元は2019年ごろににちょっと話題になったらしいのだが、私は見逃していた。それが提唱者のロブ・ヘンダーソンが最近自伝「Troubled」を出したこともあって見直され、昨今のいわゆるウォーキズム(日本の文脈に合わせると意識高い系とでも訳すべきか)へのカウンターとして持ち出されているようだ。

ヘンダーソンの顔を見ると分かると思うが、ヘンダーソンという欧米系の姓の印象に反して、彼はアジア系米国人である。彼の母親は韓国からカリフォルニアに渡り、大学を中退して薬物中毒者となった。父親がはっきりしない子供が何人も生まれ、そのうちの一人がロブだった。母親には子供を育てる能力も意欲もなく(その後逮捕され韓国に強制送還されている)、間もなく養子に出されたので、姓がヘンダーソンなのである。しかも養親も離婚してしまい、養母はレズビアンとなって別の女性と暮らすが、その女性が発砲事故で大けがをしたことで困窮に陥ってしまう。

 
 

不安定な家庭環境でネグレクトされ続けたヘンダーソンも、子供の頃から酒を飲んだり大麻を吸ったりとすさんだ生活を送っていたが、ある事件があって突如改心し、17歳でまずは米空軍に入る。その後いわゆるGIビル(退役軍人支援法)の恩恵で イェール大学に入学したのだが、イェールのような米国名門大の学生は基本的に金持ちの子供ばかりなわけで、彼らの言行を遠くから眺めていたヘンダーソンはいろいろ思うところがあったようだ。その後も苦学力行を続けてケンブリッジ大学の大学院に進み、心理学の博士号まで取得する。

「自分がエリートであるということを見せびらかすための信念」

ようするにヘンダーソンは、しばらく前に同じような出自で話題となった(そして今や上院議員にまでなってしまった)J.D.ヴァンスと同じで、貧しく悲惨な境遇から自分の努力で身を起こした立志伝中の人なのである。

その彼が言い出した「贅沢品としての信念」とは、彼によれば


「上流階級はそれを主張することでほとんどコストを負うことなくステータスを得られるが、下層階級はそれによってしばしば犠牲を強いられる、そうした考えや意見」

だという。

そもそも2019年の論考で言及していたが、ヘンダーソンが下敷きにしているのは経済学者ソースティン・ヴェブレンの「有閑階級の理論」である。ヴェブレンは 有閑階級、すなわち上流階級の消費とは、衣装も娯楽も高等教育も、ようは自分がいかに豊かかを誇示するための他者への見せびらかし手段に過ぎないと喝破した。いわゆる顕示的消費である。

プロフィール

八田真行

1979年東京生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。一般財団法人知的財産研究所特別研究員を経て、現在駿河台大学経済経営学部准教授。専攻は経営組織論、経営情報論。Debian公式開発者、GNUプロジェクトメンバ、一般社団法人インターネットユーザー協会 (MIAU)発起人・幹事会員。Open Knowledge Foundation Japan発起人。共著に『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、『ソフトウェアの匠』(日経BP社)、共訳書に『海賊のジレンマ』(フィルムアート社)がある。

今、あなたにオススメ

キーワード

ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏銀行、資金調達の市場依存が危機時にリスク=

ビジネス

ビットコイン一時9万ドル割れ、リスク志向後退 機関

ビジネス

欧州の銀行、前例のないリスクに備えを ECB警告

ビジネス

ブラジル、仮想通貨の国際決済に課税検討=関係筋
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story