コラム

菅流「第3の道」カギは日米同盟?

2010年06月21日(月)17時20分

 遅ればせながら、日本にも「第3の道」がやって来た。「第3の道」とは、90年代に欧米の中道左派指導者が好んだ政治スタイル。新自由主義的な経済思想の台頭と財政の緊縮化という大きな潮流と、中道左派の福祉国家的な政治理念の折り合いをつけるために打ち出された政治路線だ。

 ほかの先進国と異なり、これまで日本で「第3の道」が脚光を浴びることはなかった。しかし菅直人が首相に就任し、「第3の道」が日本で新しい命を得るかもしれない。

 6月11日に国会で行った所信表明演説で、菅は日本経済を再建するために「第3の道」を歩む必要性を強調。具体的には、「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」を同時に実現するための政策を実行する方針を示した。

 菅は、小泉純一郎元首相以降の日本の歴代首相のなかでは最も雄弁に経済政策を語ったと言っていいだろう(少なくとも、鳩山由紀夫前首相流の曖昧で現実感の乏しいトリックはほとんどなかった)。しかし、菅の「第3の道」路線がどの程度成功するかは分からない。

 日本に先立ってアメリカとイギリスでビル・クリントン元大統領とトニー・ブレア元首相が推し進めた「第3の道」路線は、いま考えればほとんど成果らしい成果を残せなかったように思える。むしろ、「カジノ資本主義」を後押しし、08年の金融危機の原因をつくってしまった感もある。金融危機により、クリントンとブレアが進めた社会保障の拡充はすっかり台なしになり、両国の財政赤字はますます広がった。

■財政赤字削減が最優先課題に

 財政赤字削減、経済成長、社会保障の強化という3つの相容れない(と私には思える)目標を菅が追求すること自体は、愚かな判断だとは思わない。目下の政治環境では、政府は3つの目標にすべて取り組まざるを得ない。

 しかし、菅はやがて、2つの目標を犠牲にして1つの目標を優先しなくてはならなくなる可能性が高い。その最優先課題とは、財政赤字の削減である。

 問題は、財政赤字を削減すれば経済を成長の軌道に載せ、社会保障財源を確保できるのかという点だ。財政健全化のために消費税率を引き上げた場合に、日本の内需が拡大するとは考えにくい。個人消費を現在の水準に保つことさえ、難しいのではないか。

 財政赤字の削減が有意義な目標であることに疑問の余地はないが、菅政権が経済政策に関する約束をすべて守るのは困難だろう。政府の無駄遣いの削減と税収の拡大を通じて、財政赤字を減らしつつ、経済成長を加速させるための公共支出を増やすことなど、本当にできるのか。

 日本政府が財政赤字の削減に本腰を入れれば、外交・安全保障政策にも影響が及ぶと、私は考えている。しかしそれを論じる前に、菅政権の外交・安全保障政策のどこが新しいのかを正しく理解する必要がある。民主党の新しいマニフェストに盛り込まれた外交・安全保障政策を現実主義路線と見なす見方もあるが、実際のところはどうなのか。

 日米関係の再建を重視し、中国に国防政策の透明化を求めていることを別にすれば、民主党は韓国、オーストラリア、インドとの2国間関係強化など、政権を獲得して以来実行してきたことを改めて主張している。そもそも鳩山前政権も、ワシントンで思われているほど、中国に弱腰だったわけではないし、日米同盟に背を向けていたわけでもなかった。

■新政権の対米政策は福田政権型

 それに、菅のアメリカへの歩み寄りが大げさに評価され過ぎている面もある。日米同盟に対する菅の姿勢は、自民党政権の福田康夫元首相に近い。福田は共通の価値観に基く同盟関係というより、主にアジアに安定をもたらす手段として日米同盟を位置付けていた。菅も福田と同様、近隣の国々、とりわけ中国との間に建設的で安定した関係を築くことが不可欠と考え、日本のアジア政策推進の一手段として日米同盟に価値を認めている。

 それでも、菅政権が日本外交の柱の1つとして対米関係を強化するつもりでいることは明らかだ。5月末の日米の「普天間」合意を尊重する姿勢をはっきり打ち出しているのはその表れと言っていいだろう。

 ここにきて民主党が日米同盟重視を打ち出し始めたのは、もしかすると財政再建重視の方針の一環なのではないかと私は思っている。アジア情勢が不安定ななかで歳出を減らす以上、さしあたりアメリカの抑止力に依存せざるを得ないと、民主党の幹部たちが次第に思い始めたのかもしれない。

 民主党政権は、国内でも国外でもさまざまな目標を同時に追求しなくてはならない。しかも、そうした目標は互いに相容れない場合もある。

 この難しい任務を成し遂げるためには、政府が柔軟に状況に対処できる体制が不可欠だ。その点が分かっているからこそ、小沢一郎をはじめとする一部の政治家はかねてより、内閣主導のイギリス型の政治モデルの導入を目指してきたのだ。もっとも、たとえそのような政治体制を確立できたとしても成功の保証がないくらい、菅政権は困難な課題に直面している。

[日本時間2010年6月17日13時57分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

GMメキシコ工場で生産を数週間停止、人気のピックア

ビジネス

米財政収支、6月は270億ドルの黒字 関税収入は過

ワールド

ロシア外相が北朝鮮訪問、13日に外相会談

ビジネス

アングル:スイスの高級腕時計店も苦境、トランプ関税
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「裏庭」で叶えた両親、「圧巻の出来栄え」にSNSでは称賛の声
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 5
    セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日…
  • 6
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 7
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 8
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    日本人は本当に「無宗教」なのか?...「灯台下暗し」…
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 6
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 7
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 10
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story