コラム

五輪に迫る危機:情報機関、安倍首相それぞれの役割

2020年05月09日(土)14時00分

もし来夏に五輪が開催されれば、情報機関は大きな役割を担うことになる ILLUSTRATION BY MUSTAFAHACALAKI/ISTOCK

<情報機関は抜かりなく仕事をするが、重要な決断を最終的に下すのは政治リーダーの役割。その役割を安倍は果たせるか。本誌「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集より>

事実上、ほかに選択肢はなかった。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、安倍晋三首相は東京五輪の開催を延期することにした。

2020050512issue_cover_200.png日本政府はこれまでの五輪準備の過程で感染症のパンデミック(世界的な大流行)のリスクも考慮に入れていたはずだと、私は断言できる。もし来夏に五輪が行われれば、そのときは、円滑で安全な大会のために、情報機関と安全保障機関、公衆衛生機関が(しばしば国民の目に見えないところで)大きな役割を担うことになるだろう。

情報機関は一般に、五輪を成功させようとする場合、3つの主要な問題に対処しようとする。

第1に、テロなど市民の安全を直接的に危険にさらす脅威に対処できるように準備を整え、そのような事態を未然に防ごうとする。

1972年には、夏季五輪開催中の西ドイツ・ミュンヘンでパレスチナ武装組織「黒い九月」がイスラエル選手団の11人を殺害する事件が起きた。五輪開催国のテロ対策チームは、世界のほぼ全ての国から提供されるリアルタイムの情報に基づいて、いつでもどこへでも出動できるように高度の警戒態勢を取る。

本当に難しいのは政治決断

第2に、情報機関はテロの脅威以外の「国境を超えた脅威」にも目を光らせる。私が米政府で最後に担当した仕事は、国家情報会議(NIC)で「国境を超えた脅威」を分析することだった。国の安全を脅かす要因としては、テロが注目されがちだが、国際的な組織犯罪やパンデミックのほうが重要かもしれない。

これらの要因は全て、五輪にも影響を及ぼす可能性がある。「適切な対処法が存在せず、極めて感染力の強いウイルス性呼吸器疾患が新たに発生すれば、パンデミックに発展しかねない」と、私の部局は2007年の報告書で指摘していた。

第3に、情報機関はテロ攻撃や物流の崩壊、パンデミックの発生などが五輪と開催国に及ぼす影響についても徹底的に分析する。CIAや日本の公安調査庁のような機関は、常に万全の準備を期そうとする。

しかし、情報機関が用意する情報よりも重要なのは、政治のリーダーシップと官僚機構の能力だ。

感染症から社会を守るための措置と、そのような措置がもたらす経済的・政治的弊害のバランスをどのように取るべきか。五輪の開催延期と、それに伴う莫大な経済損失のバランスをどのように取るべきか。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、9月米利下げ観測強まる

ビジネス

米GDP、第2四半期改定値3.3%増に上方修正 個

ワールド

EU、米工業製品への関税撤廃を提案 自動車関税引き

ワールド

トランプ氏「不満」、ロ軍によるキーウ攻撃=報道官
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ」とは何か? 対策のカギは「航空機のトイレ」に
  • 2
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 5
    「ガソリンスタンドに行列」...ウクライナの反撃が「…
  • 6
    米ロ首脳会談の後、プーチンが「尻尾を振る相手」...…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「風力発電」能力が高い国はどこ…
  • 9
    【クイズ】1位はアメリカ...稼働中の「原子力発電所…
  • 10
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 4
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 5
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 6
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 7
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 8
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 9
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 10
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 10
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story