コラム

元スパイへの神経剤襲撃にプーチンが込めたメッセージ

2018年03月23日(金)17時00分

プーチンが発しようとしたメッセージはいくつかある Sergei Chirkov/REUTERS

<ロシア情報機関が見え見えの暗殺工作を行った目的は、見せしめ効果と大統領選前の国民へのアピールか?>

ロシアの情報機関の実力は、世界でも指折りだ。ほぼ全ての場合、工作活動は秘密裏に始まり、秘密裏に終わる。

しかし、3月4日にロシアの元情報部員セルゲイ・スクリパリが英南部ソールズベリーで娘と共に重体で発見。メイ英首相はロシアによる神経剤攻撃の可能性が極めて高いと発表した。スクリパリは西側に情報を流した二重スパイ行為によりロシアで有罪になったが、10年にスパイ交換で釈放。それ以降はイギリスで暮らしていた。

スクリパリの事件は、この10年間にロシアがイギリスで実行した暗殺工作としては私の知る限り少なくとも15件目に当たる。06年にロシアの元スパイ、アレクサンドル・リトビネンコが放射性物質ポロニウム210で毒殺された事件は記憶に新しい。

ロシア政府はスクリパリ暗殺未遂への関与を否定しているが、自分たちの仕業だと世界に知らしめたかったことは明らかだ。プーチン大統領が発しようとしたメッセージはいくつかある。

第1に、「裏切り者」に制裁を加えることにより、新たな裏切りが起きないように警告しようとしたと考えられる。

第2に、ロシア大統領選を目前に控えた時期に、「大国ロシアの強さを実証した強いリーダー」として自身を印象付ける狙いもあったのだろう。

専制体制のリーダーにとって、ナショナリズムの力を借りて国民の支持を取り付けるのは常套手段だ。今回の行動は、上半身裸で馬にまたがったり、(ほとんどスケートを滑れないのに)アイスホッケーのユニフォーム姿を披露したりするなど、マッチョなイメージを演出して個人崇拝体制を築こうとする試みの延長線上にある。

秘密の暴露は許さない?

第3に、今回の暗殺工作は、ロシアの対西側情報工作の一環という側面もある。ロシアは、アメリカやイギリス、ドイツ、フランスなどの選挙に介入してきただけでなく、そうした秘密工作を暴露しようとする人間を抹殺してきた。

例えば、ロシア情報機関とトランプ米大統領周辺の結び付きについて英情報当局に情報提供したと噂される人物のうち、少なくとも1人が不審死し、1人が消息を絶っている。一連の暗殺工作には、ロシアの秘密工作について情報を持っている人物を萎縮させる効果が十分にある。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英中銀、銀行の自己資本比率要件を1%引き下げ

ビジネス

アングル:日銀利上げと米利下げ、織り込みで株価一服

ワールド

ロ軍、ドネツク州要衝制圧か プーチン氏「任務遂行に

ビジネス

日経平均は横ばい、前日安から反発後に失速 月初の需
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 3
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カニの漁獲量」が多い県は?
  • 4
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 9
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 10
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story