コラム

失言王「森喜朗」から変質した自民党20年史

2021年02月08日(月)19時00分

思えば森内閣で記憶に残る外交的成果の中でも、森総理がロシア極東のイルクーツクを訪問しプーチン大統領と「日ソ共同宣言が平和条約の基礎となる」ことを確認したイルクーツク宣言(2001年3月)は、このような森一族のソ連・ロシアとの深い関係を背景にしたものだったのかもしれない。

森喜朗氏―APAグループ―田母神俊雄氏―安倍晋三ライン

石川県は典型的な保守王国である。太平洋戦争時、県都金沢は米軍の空襲をほぼ受けず、直接的な戦災から免れ、戦前から続く旧い地主層や資本家階級がそのまま戦後も部分的に温存された。偶然の賜物なのか、保守的思想を強く打ち出し「藤誠志」のペンネームで「南京大虐殺否定」などの歴史修正的価値観を満載した小冊子を客室に配備して物議をかもしたホテルチェーン「APAグループ」の元谷外志雄氏は、同県金沢市片町にAPAホテルの一号館を建設して本格的ホテル業界参入への第一歩を踏み出す。

そして元谷氏の肝いりで始まったAPAグループが主催する「真の近現代史観懸賞論文」で大賞を受賞し、その歴史観が政府公式見解にそぐわないとして事実上航空幕僚長を「更迭」されて大きなニュースになったのは、能美市に隣接する石川県小松市の航空自衛隊小松基地の司令官であった元航空幕僚長の田母神俊雄氏(2016年、公選法違反容疑で逮捕。2018年、同容疑での有罪確定)であった。更に言えば、前首相安倍晋三氏の後援会「安晋会」に森氏は頻繁に顔を出し、同会の会員に元谷夫妻がいたのは公然の事実である。

森喜朗氏―APAグループ―田母神俊雄氏という、保守界隈に強い影響力を与えた(または与え続けている)人々は、奇妙にも金沢―小松―能美という、およそ半径15~20キロ圏内の狭い「保守の強烈な地盤」で同居しているのだ。

保守本流から非主流=清和会の天下へ──自民党の変質

さて、森喜朗氏はなぜ総理大臣の座を射止めたのか。それは言葉を辛辣にすれば完全なる「棚ぼた」であった。前任の小渕恵三首相が脳梗塞で倒れ(2000年4月)、急遽後継として総理大臣に就いたのが森氏であった。

当時、メディアは予期しない小渕氏の入院を切っ掛けに「五人組(森喜朗氏、青木幹雄氏、村上正邦氏、野中広務氏、亀井静香氏)が談合して後継総理を決めた」として、森内閣誕生そのものを「民主的正当性が希薄」と批判した。しかしながら急遽発足した森内閣は、小渕総理の突然の入院・急逝という事情を鑑みて、小渕内閣の閣僚をそのまま引き継ぐ所謂「居抜き内閣(第一次森内閣)」になった。

小渕恵三氏は典型的な自民党経世会系(保守本流)の領袖であったが、森氏は自民党内では非主流の清和会である。概説として経世会系は「再分配、大きな政府、ハト派」を志向するが、清和会は「新自由主義、小さな政府、タカ派」を志向するきらいがある。小渕首相が倒れる、という誰しもが予想できない混乱の中で、それまで非主流であり、福田赳夫を始祖とする清和会出身の総理大臣が誕生したのは、実に森氏をして22年ぶりであった(―ただしすでに述べた通り、居抜き内閣なので実質的には、森内閣の発足当初の清和会色は極めて薄い)。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

景気判断は維持、米通商政策の影響で企業収益引き下げ

ワールド

マクロスコープ:自民総裁選、迫る「フルスペック」の

ワールド

トランプ氏「米大学は中国人留学生なしでは苦戦」、支

ビジネス

三菱商、洋上風力発電計画から撤退 資材高騰などで建
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 3
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪悪感も中毒も断ち切る「2つの習慣」
  • 4
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 5
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 6
    「美しく、恐ろしい...」アメリカを襲った大型ハリケ…
  • 7
    【クイズ】1位はアメリカ...稼働中の「原子力発電所…
  • 8
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 9
    イタリアの「オーバーツーリズム」が止まらない...草…
  • 10
    「ありがとう」は、なぜ便利な日本語なのか?...「言…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 10
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 10
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story