コラム

「イエメン人女性活動家」がノーベル平和賞を得る理由

2011年10月13日(木)10時45分

 今年のノーベル平和賞が、弱冠30歳代のイエメンの女性活動家に与えられたのには、びっくりだ。いくつかのメディアにコメントを求められたが、正直どういう人物か、知らなかった。スイマセン。

 タワックル・カルマンは、アラブ世界のなかでも部族性の強い、経済的にも貧しいイエメンで、ジャーナリストとして女性の権利を主張、五年前に「鎖につながれない女性ジャーナリストたち」という組織を立ち上げて活動してきた女性である。今年一月から続くイエメンの反政府民衆運動でも、積極的に指導的な役割を果たした。女性の地位向上というポイントに加えて、「アラブの春」にも関わった点が受賞に大きく影響したのだろう。

 今回のノーベル平和賞は、下馬評では「アラブの春」関係者に行くに違いない、といわれていた。なかでも本命視されたのは、エジプトで反政府運動盛りあげに一躍買ったフェースブック、「われわれはみなハリード・サイードだ」を一年前に立ち上げた、エジプトでのグーグル社責任者、ワーイル・ガーニムである。彼のフェースブックの影響力を恐れたムバーラク政権は、カイロで反政府デモが発生するとすぐワーイルを逮捕したが、10日後には釈放。釈放されるなり彼はエジプトのテレビ番組に出演し、デモ中に弾圧に倒れた同胞を思って、号泣する。その感動的な姿が視聴者を動かし、結局四日後にムバーラクは辞任に追い込まれたのである。エジプトの「アラブの春」を象徴する人物であることは、確かだ。

 しかし、ノーベル賞選定にあたって「そこまでエジプトの新体制を持ち上げていいのか」といった声があったに違いない。政権交替をもたらした民衆運動が暴力性、宗教性から遠いところにあったのと対照的に、最近のエジプト情勢を見れば、宗教対立や武力衝突のきな臭さが漂う。当初に見えていたほど、美しいお話ではないかも、と、選考委員たちは思ったかもしれない。そもそもエジプトの「アラブの春」は世界的に脚光を浴びすぎているので、受賞は露骨に過ぎるかもしれない。

 だとすれば、現在進行形の「夢」に褒美を与えたほうがよい。それが、何か月も辞任がささやかれながらしぶとく地位にしがみつく、サーレハ大統領統治下のイエメンである。民衆運動側をあと一押しすれば「春」が成功するかも、との期待もあっただろう。なにより女性運動の活動家という点を捉えれば、「アラブの春」と関係なくても「平和賞」的に十分評価の対象だ。露骨な支持をぼやかすために、「女性」の立場が使われたようにも見える。

 そう考えるとずいぶんに失礼な話なのだが、しかしその配慮は適切ではある。これまでも中東の民主化は、欧米が支援することで逆に「欧米の手先」視されて、失敗することが多かった。イランのシーリーン・エバディもノーベル賞を受賞したことで、一層政権ににらまれた。本当に支援するなら、これ見よがしにすべきではない。

 「アラブの春」はリーダーのいない無名の人々の運動だったからこそ、多くの人々をひきつけたのである。無理やりヒーローを探し出すことは、その運動の性質を変えてしまう。欧米市民社会の無邪気な善意が非欧米社会で進行する真摯な運動を歪めてしまう、多くの原因となっていることを、忘れてはならない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ヒズボラ指導者、イスラエルへの報復攻撃を示唆 司令

ワールド

「オートペン」使用のバイデン氏大統領令、全て無効に

ビジネス

NY外為市場=ドル、週間で7月以来最大下落 利下げ

ワールド

エアバス、A320系6000機のソフト改修指示 航
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場の全貌を米企業が「宇宙から」明らかに
  • 4
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 5
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 6
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 7
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    エプスタイン事件をどうしても隠蔽したいトランプを…
  • 10
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story