コラム

日本が「シェール革命」の恩恵を受けるにはパイプラインが必要だ

2013年04月16日(火)17時56分

 今アメリカ経済は「シェール革命」にわいている。深い地底にある頁岩(シェール)から天然ガスや原油を採掘する技術が実用化したことで、その埋蔵量は飛躍的に増えた。特にアメリカの天然ガス生産量はロシアを抜いて世界最大となり、IEA(国際エネルギー機関)の予測では、あと5年でサウジアラビアを抜いて世界最大の原油生産国となる。

 シェールガス・オイルの強みは、化石の固まりである頁岩から採掘するため、在来型の化石燃料よりはるかに量が多いということだ。IEAなどの推定によれば、その埋蔵量は在来型の化石燃料の5倍以上で、今後200年以上あるという。オバマ米大統領は今年の一般教書演説で「アメリカは今後100年分の天然ガスを国内で自給できる」と宣言した。

 このようなエネルギー価格の低下で、久しく「製造業の衰退」がいわれていたアメリカに、製造業が回帰する動きが始まっている。シェールガスの産地ではパイプラインや貯蔵施設が建設され、新たな製鉄所や化学工場の建設が始まっている。シティグループの推定によれば、シェールガス革命は2020年までに最大360万人の雇用を創出し、アメリカのGDP(国内総生産)を最大3%引き上げるという。

 シェール革命は、世界のエネルギー市場にも大きな影響を与えている。ガスの価格が大幅に下がったため、石炭の価格も暴落し、火力発電のコストが下がったため、アメリカでは原発の新規建設計画が相次いで中止された。世界的にも「シェール革命によって原子力の時代は終わった」といわれている。

 これは世界の政治経済にも大きな影響をもたらす。国際政治は、原油埋蔵量の3分の2が中東に偏在していることによる地政学リスクに翻弄されてきたが、シェールガスをはじめとする非在来型資源が世界中に広く埋蔵されているとなると、世界経済を左右してきたOPEC(石油輸出国機構)の政治力が弱まり、エネルギー問題は安定するだろう。採掘にともなう環境問題が批判を浴びているが、IEAは技術的に解決可能だとしている。

 他方、アメリカの最大の輸入品目である石油・天然ガスによる貿易赤字が大幅に減ると、オバマ大統領のいう「製造業の復活」も夢ではない。中東から石油を輸入する必要がなくなると、アメリカが中東の政治に介入する必要もなくなるので、軍備削減によってアメリカの財政赤字も改善するだろう。

 では日本への影響はどうだろうか。日本は天然ガスをLNG(液化天然ガス)の形でしか輸入できない上に、原発のほとんどが停止されたときスポットで買い付けたため、アメリカの5倍という高価格で調達しなければならない。おまけにその価格は原油に連動しているので不安定で、中東で戦争が始まってホルムズ海峡が閉鎖されたら供給の8割が止まってしまう。

 今のところアメリカのシェールガスは国防上の理由で輸出していないので、シェール革命の日本への恩恵はあまりないが、アメリカはFTA(自由貿易協定)の相手国には輸出を解禁する方針なので、TPP(環太平洋連携協定)に参加すれば、アメリカのシェールガスを輸入できるようになる。

 また原発の新規建設が事実上できなくなった日本では、ガスタービンが有力な発電技術になる。ガスは温室効果ガスの排出量も石炭の半分ぐらいなので、今後の火力発電の主流になりそうだ。日本の商社は、競ってアメリカにシェールガスの輸出基地を建設しようとしている。

 これまで世界の天然ガス市場を独占してきたロシアも、シェールガスへの対応を急いでいる。特にアメリカが中東から石油を輸入しなくなると、今までロシアからのパイプラインに依存してきたヨーロッパ諸国が中東の安い原油を買うようになるかもしれない。そうするとロシアもガスの供給先を多様化する必要があり、アジアにパイプラインを延長している。最大の供給先は中国だが、日本も潜在的な市場としては大きい。

 サハリンから北海道を経由して関東まで天然ガスのパイプラインを引く計画は、1990年代から通産省(当時)が計画し、エクソンモービルやガスプロムなども協力して具体的なルートまで決まったが、地元の反対で挫折した。この理由は漁業権をめぐる交渉が原因とも、顧客を奪われる電力会社が反対したともいわれる。

 パイプラインでガスを輸入できれば、価格はLNGよりはるかに安く、石炭並みになるので、エネルギー制約に悩む日本には大きな福音である。サハリン経由のパイプラインは技術的には可能であり、ロシアも前向きだ。障害になっているのは日本の政治的事情だけなので、今月末に安倍首相がロシアを訪問する際に、ぜひ首脳会談でパイプラインを実現してほしい。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:トランプ税制法、当面の債務危機回避でも将来的

ビジネス

アングル:ECBフォーラム、中銀の政策遂行阻む問題

ビジネス

バークレイズ、ブレント原油価格予測を上方修正 今年

ビジネス

BRICS、保証基金設立発表へ 加盟国への投資促進
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 6
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story