コラム

天安門事件、25周年

2014年06月08日(日)19時37分

 インタビューに答えていた人物が誰だか知らないが、実際にここ数年、わざわざ大陸からやってきて香港での集会に参加した人たちがそれぞれ地元に帰ると、尋問されたり拘束されたなどという話はよく流れている。ああやって、そこに詰めかけたメディアに思いのたけを語る人たちの顔を記録して、何らかのデータベースにかけているらしい。そんなふうに大陸から送り込まれた「スパイ」は、あの出入り自由な会場でどれだけ暗躍していたのだろうか?

 実際に集会で舞台上に立って演説した、中国の著名な人権弁護士、滕彪氏も「今回、公安や所属する中国政法大学から、集会には参加するなという警告を何度も受けた」と語った。滕彪氏は法律NGO「公盟」の立ち上げメンバーの一人であり、また「公盟」主催者である法学者の許志永氏、そして5月に正式に逮捕された人権弁護士、浦志強氏らと長年タッグを組んで中央、地方政府の横暴に抵抗する庶民のために手弁当で走り回ってきた弁護士である。だが、2008年にその弁護士資格を北京市司法局に取り上げられ、また同年末には教鞭を取っていた中国政法大学からも授業を停められている。

 だが、ともに庶民の法律支援及び法律普及を行ってきた許志永氏が昨年、「公共秩序騒乱」容疑で懲役4年の判決を受け、また今年には浦志強氏も刑事逮捕された。現在、香港中文大学に客員教授として滞在している滕氏としては、今年の集会参加はどうしても参加しなければならない理由があったのだ。「天安門事件で亡くなった人たちは我々一人一人のために亡くなったのだ。そのことを忘れてはぼくらのいる中国を理解することはできない」「25年は過ぎ去った。だが、虐殺は1989年で終わってはいない。キャンペーンという名目で、法律という名目で、また治安維持という名目で、国家統一という名目で、殺人はずっと続いている」という滕彪氏のスピーチは感動的で、わたしの周囲にいた中国出身者は涙を流していた。

 だが、25年の間に香港も変わりつつある。

「中国の実情など関係はない。まずぼくらは香港人だ、中国人ではない」と叫ぶ立法評議会議員の黄毓民らは、ビクトリア・パークでの集会と同じ時刻に香港の繁華街の一つ、尖沙咀(チムサーチョイ)にある海浜広場で集会を開いた。参加者は3000人あまり(主催者発表で7000人)。黄氏は「ビクトリア・パークと人数の比較をしても仕方がない。我われは人数競争をやっているわけではなく、『まず我われは香港人だ』と主張しているだけ。天安門事件の死傷者には心から同情する。だからこそ集会を開いた。だが、大事なのは我々香港をそんな中国からどうやって守るかなのだ」と語っている。

 こうした、中国と香港を切り離して考え、中国に影響を与えることよりもまず香港のための施策を進めていくべきだとする「本土派」と言われる人たちは、黄氏のように人気を集める議員や言論人を中心にじわじわと香港で勢力を伸ばしつつある。実際に昨年初めて開かれた本土派集会は500人余を集めただけだったのが、今年は大きく増えた。「このちっぽけな香港が巨大な中国にどんな影響を与えられるんだ? 支聯会は25年間、天安門事件に関わった人たちへの名誉回復を求め続けているが、オレたちはもう疲れた。形式主義はもういい。もうオレたちは中国政府にはすがらない。香港をオレたちの手で守る。それだけだ」という主張を繰り返している。

 実際に支聯会が主催したビクトリア・パークでの集会参会者の中からも、そこに掲げられたスローガン「平反六四、戦闘到底」(天安門事件の名誉回復のため、徹底的に戦う)に対して、「なぜ中国政府に対して名誉回復を『お願い』するのだ? 我々自身が天安門に当時集まった人たちの尊さを認めれば良いことだ。支聯会はまだ中国政府に期待を抱いているのだろうか」という声も挙がっている。確かに、「平反」(名誉回復)という言葉自体、中国共産党が使う特殊な言葉や概念である。わざわざ党や政府の評価改善を求めることは党や政府の正当性を認めることになるのではないか? そんな疑問は香港の現状を考えれば無理がないことではない。

 香港は2017年に初めての特区行政長官普通選挙実施を控えている。しかし、その制度づくりに関する中国中央政府のあれやこれやの干渉をめぐって大きく揺れている。「一国二制度」と言いながら、法と国家の秩序や国体の統一性などを理由にじわじわとその成り行きを自分たちの意のうちに収めようとする中国政府に対して、ほとんどの香港の人たちはすでに反感以上の苛立たしさを感じており、それが中国と自分たちを切り離した本土派の人気につながっているのだ。だが、「ちっぽけな香港」が「巨大な中国」にどうやって抵抗できるのか、その課題は本土派にとっても支聯会のような民主派にとっても同じなのである。

 四半世紀を経て、中国はどうなっていくのか、そして香港はそれとどう付き合っていくのか。まだまだ緒は見えないままである。


<編集部より>ふるまいよしこ氏の「中国 風見鶏便り」は今回で終了します。3年間ご愛読ありがとうございました。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...その正体は身近な「あの生き物」
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story