コラム

昆虫界でも「イクメン」はモテる! アピールのために「赤の他人の卵」の世話すらいとわず

2025年05月17日(土)10時50分

今回の研究チームのメンバーである大庭准教授は、以前の研究で「コオイムシは、卵を世話しているオスがメスからパートナーとして選択されやすい」ことを明らかにしました。本研究では、実際にコオイムシは自分の子でない卵を背負っているのか、そうだとしたら「赤の他人の子」の割合はどのくらいなのか、「托卵」されることでオスにメリットはあるのかについて、詳細に調べました。

コオイムシのオスは、1個体が背負う卵の数が100個以上にも及ぶことがあります。これらの卵は複数のメスによって産み付けられます。一方、コオイムシのメスは複数のオスと交尾することが知られています。メスの体内には交尾相手の精子を一時的に貯蔵する器官 (受精嚢)があるため、オスの立場から見ると「自分に産み付けられた卵が自らの精子で受精した『自分の子』とは限らない」というリスクがあります。

繁殖様式は「乱婚型」

そこで本研究では、個体識別した20ペアのコオイムシを約1カ月間、飼育ケース内で自由交配させ、実験期間中に孵化した幼虫と親個体のDNA情報に基づく親子判定を実施しました。

その結果、多くのオスとメスが複数の相手と交配しており、「乱婚型」の繁殖様式であることが明らかになりました。オスが背負っていた卵が自分の子である確率の平均は約65%で、個体によっては10%から100%と大きなばらつきがありました。これは、これまで定説とされてきた「父育行動が進化した動物での自分が父親である確率」と比べて極めて低い値でした。

また、基本的には、他のオスに比べてより多くの卵を保護しているオスが自分の子孫を多く残していました。この結果は「イクメンアピール(卵を保護しているという状況)自体が、メスから交配相手として選ばれやすくなる条件になっている」という先行研究の仮説と合致しました。

自分の精子によって受精していない卵を背負うことは、オスにとって不利益な行動に思えます。けれど本研究の親子判定によって、背負っている卵が自分の子であろうとなかろうと、たくさんの卵を背負うオスほどメスに配偶者として選ばれやすく、結果的に多くの子孫を残していることが明らかとなりました。このことは「メスが卵保護行動をとるオスを選択することによって父育行動が進化した」というコオイムシの進化に関する考察を支持する結果となりました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ロ首脳、ウクライナ停戦時期協議せず 直接会談に前

ワールド

英首相「対EU関係の新時代」、防衛・漁業・渡航規制

ビジネス

JPモルガンCFO、金利収入増の可能性 経済見通し

ワールド

米ロ首脳が電話会談、トランプ氏「停戦に向けた交渉を
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:関税の歴史学
特集:関税の歴史学
2025年5月27日号(5/20発売)

アメリカ史が語る「関税と恐慌」の連鎖反応。歴史の教訓にトランプと世界が学ぶとき

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    【クイズ】世界で1番「太陽光発電」を導入している国は?
  • 4
    実は別種だった...ユカタンで見つかった「新種ワニ」…
  • 5
    中ロが触手を伸ばす米領アリューシャン列島で「次の…
  • 6
    【裏切りの結婚式前夜】ハワイにひとりで飛んだ花嫁.…
  • 7
    「運動音痴の夫」を笑う面白動画のはずが...映像内に…
  • 8
    ワニの囲いに侵入した男性...「猛攻」を受け「絶叫」…
  • 9
    日本人女性の「更年期症状」が軽いのはなぜか?...専…
  • 10
    飛行機内の客に「マナーを守れ!」と動画まで撮影し…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    ワニの囲いに侵入した男性...「猛攻」を受け「絶叫」する映像が拡散
  • 4
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 5
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 6
    トランプ「薬価引き下げ」大統領令でも、なぜか製薬…
  • 7
    あなたの下駄箱にも? 「高額転売」されている「一見…
  • 8
    「運動音痴の夫」を笑う面白動画のはずが...映像内に…
  • 9
    中ロが触手を伸ばす米領アリューシャン列島で「次の…
  • 10
    ヤクザ専門ライターが50代でピアノを始めた結果...習…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
  • 5
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 6
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 8
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 9
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 10
    ワニの囲いに侵入した男性...「猛攻」を受け「絶叫」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story