最新記事

映画

過剰だけど美しいギャツビーの世界

偉大な小説『華麗なるギャツビー』の映画化は不可能だろうと思いつつ、偏見なしで見てみたら

2013年6月21日(金)14時38分
デーナ・スティーブンズ(脚本家)

秘められた過去 ギャツビー(左)は若き日に恋を成就させられなかったデイジー(中)を夫から奪おうとするが…… © 2012 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

 F・スコット・フィッツジェラルドの小説『グレート・ギャツビー』の語り手ニック・キャラウェイは、「判断を留保するのは、いつまでも希望を抱いていたいからだ」と言う。だから筆者も、この20世紀の偉大な小説を映画にするのは不可能だろうと思いつつ、バズ・ラーマン監督の『華麗なるギャツビー』を偏見なしで見ようとした。

 フィッツジェラルドやマルセル・プルースト、ウラジーミル・ナボコフ、バージニア・ウルフらの小説は文体で読ませるものだから、映画化は難しい。スタンリー・キューブリックの『ロリータ』にはいたずらっぽいユーモアが加えられたが、原作者ナボコフによる脚本は小説の語り口の妖しい魅力をことごとく消し去っていた。

 オーストラリア出身のラーマンは『ロミオ&ジュリエット』『ムーラン・ルージュ』などの派手な娯楽大作で知られる。『華麗なるギャツビー』でも当然、淡々とした記述の続く原作は目まぐるしい3Dスペクタクルに変わった。

 私は彼の映画を好かない。これでもかと言わんばかりの過剰なビジュアルに疲れてしまうからだ。しかし今回は、それほどひどくなかった。演出がくどいのは予想どおりだが、楽しめる映画に仕上がっている。しかもラーマンは原作の精神を大切に、ひたむきな敬意とポストモダン風の遊び心で取り組んでいる。

 主な舞台となるきらびやかなパーティー場面で流れるのはJay-Z、カニエ・ウェスト、ラナ・デル・レイなどの曲。古いジャズではなく、今風の音楽を使ったのはサントラ盤を売りたいからだろうが、違和感はない。大金持ちになり、ピンクのスーツを着て豪邸に暮らすギャツビーは、今ならラップスターと言っていい。

 物語はアールデコ様式が彩る「狂騒の20年代」に設定されており、時代考証は正確だ。ただし原作と違って、ニック(トビー・マグワイア)は「重篤なアルコール依存症」と精神障害の治療で療養所にいるという意外な設定になっている。
彼は医師にペンと紙をもらい、自分の物語を書き始める。その言葉が3D映像で彼の周囲を漂い、砕け散って雲になる。わざとらしいが、ニックを作家にした思い付きは悪くない。

3D効果でシャツも迫力

 マグワイアは静謐な演技を披露する。彼が朗読する原作の素晴らしい引用は、なんとも心地よく耳に響く。

 物語自体は、アメリカの高校を卒業した人なら誰でも知っているはず。ニックがロングアイランドに借りた家の隣の大邸宅には、正体不明の大富豪ジェイ・ギャツビー(レオナルド・ディカプリオ)が住んでいる。

 ギャツビーが開くパーティーで、ニックは彼からデイジー(キャリー・マリガン)に会わせてくれと頼まれる。

 ギャツビーはかつてニックのいとこのデイジーを愛していたが、若くて貧しかったため恋は成就しなかった。デイジーはいま海を挟んだ対岸で傲慢な金持ちの夫と暮らしている。常にそばにいるのは、親友のゴルフ選手ジョーダン・べイカーだ。

 こうした富裕だが浮草のような人々にニックは引かれる。しかし彼らの軽率さが引き起こした事件をきっかけに、「くだらない連中」と思うようになる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:メダリストも導入、広がる糖尿病用血糖モニ

ビジネス

アングル:中国で安売り店が躍進、近づく「日本型デフ

ビジネス

NY外為市場=ユーロ/ドル、週間で2カ月ぶり大幅安

ワールド

仏大統領「深刻な局面」と警告、総選挙で極右勝利なら
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:姿なき侵略者 中国
特集:姿なき侵略者 中国
2024年6月18日号(6/11発売)

アメリカの「裏庭」カリブ海のリゾート地やニューヨークで影響力工作を拡大する中国の深謀遠慮

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「珍しい」とされる理由

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆発...死者60人以上の攻撃「映像」ウクライナ公開

  • 4

    米モデル、娘との水着ツーショット写真が「性的すぎ…

  • 5

    メーガン妃「ご愛用ブランド」がイギリス王室で愛さ…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 8

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...…

  • 5

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 6

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 7

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 8

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 9

    「クマvsワニ」を川で激撮...衝撃の対決シーンも一瞬…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃が妊娠発表後、初めて公の場…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 4

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 5

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 6

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 7

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 9

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中