コラム

ユヴァル・ノア・ハラリ×オードリー・タン対談(3/3)──市民の力で新型コロナウイルスを克服した台湾モデルが世界に希望をもたらす

2020年07月17日(金)11時55分

タン いずれにしてもこのスーパーコンピューターは、どんな中学生のコードでも取り込むことができます。もし中学生のコードが大気汚染などを予測する上で優れているということになれば、中学生が自分のパソコンに膨大なデータをダウンロードしなくても、スーパーコンピューターを通じて市民のIoTシステム全体にアクセスできるようになります。

これを研究の民主化と呼ぶこともできるでしょう。気候研究や気候科学のような研究に必要なコンピューターを、趣味レベルの研究者にも開放しているわけです。これもまた、3本柱の原則のうちの公平性の原則の応用例になります。こういう土壌があったからこそ、私たちはマスクマップをこれほど早く実装することができたわけです。

司会者 ユヴァル、これで私たちが直面している世界的な課題について、より楽観的になれましたか?

ハラリ そうですね、このようなグローバルな課題の多くは、解決策がグローバルでなければならないと思います。もちろん、それは個々の国に根ざしています。一番大事なのは、「ナショナリズムとグローバリズムの間に矛盾があり、どちらかを選ばないといけない」という考え方の罠に陥らないことです。

矛盾はありません。ナショナリズムとは自国民を愛することであって、外国人を嫌うことではありません。今回のパンデミックや地球規模の気候変動のような状況では、もしあなたが本当に自国民を愛し、彼らの幸福を願うならば、外国人と協力しなければなりません。愛国者になるには、グローバリストであることも必要です。矛盾はありません。先ほどからの台湾での取り組みの話を聞いて、そのことが分かると思います。

また、非常に重要なポイントが1つあります。パンデミックであれ、地球規模の気候変動であれ、これらの緊急事態に対処するためには、すべての人に何をすべきかを命令する権威主義的な政権が必要だと考えている人がいます。そうでなければ、コンセンサスを得ることはできないと彼らは考えます。

台湾の例は、その逆が正しいことを証明しています。また台湾に限ったことではありません。今回のパンデミックでは、権威主義的な中国が民主主義的なアメリカよりも優れた対応をしたのは事実ですが、台湾や韓国のような東アジアの国々や、ニュージーランド、ギリシャ、ドイツなど、疫病に最もよく対処してきた国の多くは、民主主義国です。なぜなら一般的に言って、十分に情報を与えられ、やる気になっている国民のほうが、何も知らされず監視されている国民より積極的に動くからです。

民主主義国で情報にアクセスできる国民がいれば、国民を取り締まることに無駄な資源を使う必要はなく、その国の施策はうまく行くでしょう。それが最善の方法です。

21世紀の共通の価値観

司会者 実はそろそろ終わりに近づいているので、最後の質問をさせていただこうと思います。それは未来のための話です。ユヴァルは未来を見つめる中世の歴史家で、オードリーは現在をハッキングする技術者です。これらの地球規模の問題を解決するために、私たちのユニークで個性的な特性や違いを消し去ることなく、未来に向けて新しい共有の「物語(価値観)」をどのように展開していけばいいのでしょうか?私たちは新しいルネッサンスを切り開くことができるのでしょうか?そのルネッサンスの物語とは何でしょうか?オードリー、あなたどう思いますか?

タン 確かにそうですね。台湾の将来を心配している人のために、私はまずは台湾という島の話から始めます。よく聞かれるのが、台湾はどこへ行くのか?国として、国家として、何を目指しているのか?

私はよく「それは予測可能です」と答えます。台湾の頂点、台湾の高度の最先端は、先住民族の言葉でサヴィア、パトゥンクオン、または翡翠山と呼ばれる山の頂上です。その高度が毎年2センチから3センチ伸びているのです。

台湾は、空に向かって成長している、それが地質学的な答えです。なぜ台湾の頂点が成長するのか?それは、ユーラシアプレートとフィリピン海プレートの間に挟まれているからです。ぶつかり合っているからです。なので地震が絶えません。そこで私たちは、建造物の耐震性を高めるだけでなく、自分たちの考え方の耐震性も高める必要があることを学びました。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英小売売上高、11月は前月比0.1%減 予算案控え

ワールド

中国、米国防権限法の対中条項に強い不満 実施見送り

ビジネス

英財政赤字、11月は市場予想以上の規模に

ビジネス

ニデック、永守氏が19日付で代表取締役を辞任 名誉
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 6
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 7
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story