コラム

ユヴァル・ノア・ハラリ×オードリー・タン対談(3/3)──市民の力で新型コロナウイルスを克服した台湾モデルが世界に希望をもたらす

2020年07月17日(金)11時55分

タン 台湾では、学識者だけでなく、日常の実務家も含めて、多くの人が中国式の権威主義的なデータ管理が必要だと主張してます。一方で、ヨーロッパで主流の思想を主張する人もいます。ヨーロッパでは国家が監視するのではなく、個人のプライバシーを保護することが重要だとする思想が主流です。GDPR(EU一般データ保護規則)に代表されるような社会インフラを構築すべきだという考えです。また、アメリカに見られるような「データは石油のような資産で、そこから価値を抽出すべきだ」という考え方を主張する人も多くいます。

台湾ではこうした異なる考え方が併存しているのです。

今回の対談で最初に、婚姻の平等の法律化の話をしました。内縁の関係も合法化するという話です。私たちは常に、異なる立場から共通の価値観を引き出すという「イノベーション」に取り組み、成功してきています。こうしたイノベーションこそが、持続可能な真のビジョンであり、7世代先の人類の利益のために働くということなんだと思います。

それこそが重要なことであり、どうでもいいのは、今日の時点で人々がそれぞれの視点に基づいて争っているゼロサムゲームです。台湾は複数の視点からのメリットを享受している。それぞれの視点は、将来的にはAIメンターによってサポートされるようになるのでしょうが(笑)。台湾で20以上の言語が話されているように、多様性を認めることが、支配的な思想から我々を解放してくれているわけです。

実はこの台湾モデルは、台湾に限定されているわけではありません。同じような考え方の人たちが、様々な方法でゼロサムゲームを超えて前進しています。例えば、今回の対談を主催したRadicalxChange財団は、経済市場の力を借りながら、社会的利益のために動いています。もしくは、その逆なのかもしれませんが(笑)

大事なことは、「分断の視点」というこれまでの過ちを犯すのではなく、違う意見を単なる側面だと理解することだと思います。両方の側面を促進させることで、より高い場所に上り詰めればいいのです。それが人類の未来でもあります。私たちは文明の多元性から恩恵を受け、実際に空高く成長していくことでしょう。

ハラリ 人間は「物語」を語る動物です。私たちがこの地球を支配できたのは、我々が架空の「物語」を作り、それを信じることができる唯一の動物だからです。「物語」を作り出すことが、人間同士の協力関係の鍵です。

私たちが協力するのは、神々や国やお金などといった架空の「物語」を信じているからです。それらは自分の頭の中にしか存在しないのです。これは悪いことではありません。これが私たちの行動のほとんどすべての根底にあるのです。

お金には明らかに客観的な価値がありません。お金に価値があるのは、人間の頭の中だけです。客観的な価値を持つバナナとは対照的です。バナナは食べることができし、栄養になります。客観的な価値がないことは、悪いことではありません。お金がなければ、今のような商業ネットワークを持つことはできないからです。

大切なのは、物語の奴隷にならないで、自分たちに役立つ物語を作ることです。人類が常に直面してきた危険は、社会を組織するための大きな物語を作ってきたことにあります。物語を作ったあと、人類はそれが頭の中で作り上げただけの話だということを忘れてしまう。そしてそれに囚われてしまうのです。物語の名の下に、自分自身や他人を傷つけ始めるのです。

たとえばサッカーのようなゲームを例にとって考えてみましょう。サッカーはゲームです。人間がサッカーを作り出しました。サッカーは楽しいし、それ自体は何も悪いことではありません。でもサッカーの試合に負けたからといって、人を殴ったり殺したりするようになったら、大変な問題です。

それは未来を見ても同じです。人類を一つにするために 新しい物語を作る必要がありますが、物語はすべて苦しみを和らげるために作られるべきことを忘れてはなりません。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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